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罪とバケツ

「昔は外に出るときバケツなんか持たなくてよかったんだって」
「え?でも、それじゃあ自分がつけたバイキン拭けないじゃん」
「私たちのおばあちゃんが私たちぐらいの歳だった頃にすごくヒトに感染りやすいウイルスが流行るまでは、自分たちがいつもバイキンをバラまいていることなんて誰も気にしてなかったんだよ」

 チサちゃんは物知りだ。私たちは毎日たくさんの教科書をランドセルに詰めて学校に行かなければいけないけれど、チサちゃんはそれに加えてぶ厚い本まで持ち歩いている。私は読書があんまり好きではないので、中身を読ませてもらったことはない。チサちゃんが教えてくれるようなこと、つまりこの国の歴史みたいなものが書かれているんだろうなあと思っている。
 お母さんが私たちぐらいの頃にはタブレットっていう薄いパソコンみたいなものを教科書にしていたらしいけれど、国民の平均視力がイチジルシク低下したから義務教育中のタブレット使用は禁じられてしまったらしい。私が時間割りを見ながら教科書をランドセルに詰め込むのを手伝ってくれるお母さんは、そう話しながらため息をついた。重いわよねえこんなの、身体が歪んじゃうわ。私たちの頃はバケツだけだったからまだ我慢出来たけど。

「いいなあ。傘差しながらバケツ持つの、ほんとイヤになる。そりゃあショウドクしてないドアノブなんてゾッとするけど」

 バケツの中でショウドクエキがたぷんたぷん鳴っている。バケツを持っている手が痺れてきたので持ち替えたいけれど、反対側の手はあいにく傘でふさがっているので、私はちょっとだけ顔をしかめた。
 日常生活ガイドラインに書かれている通りにお母さんが作ってくれるショウドクエキを持って私たちは毎日学校に通う。ドアノブに触る前はショウドクエキに浸したガーゼで拭いて、ドアを開けて閉じたらまたショウドク。廊下は自分の歩いたところをショウドクエキで雑巾がけしながら歩く。
 都会だと自動ドアになっている建物の方が多いらしいけれど、この辺は半々ぐらいだ。この町にはお金がないのよとお母さんは言っていた。
 この国ではショウドクエキを入れたバケツと使い捨てのガーゼ、それから透明なトクシュソザイで出来たマスクを身につけなければ外に出ることが出来ない。日常生活ガイドラインにそう書かれているから。

「バケツ忘れたことある?」
「ないよ、そんなの」

 私はチサちゃんの質問に笑って答えたけれど、透明なマスク越しに見えるチサちゃんのくちびるはきゅっと結ばれていて、目は傘から流れ落ちる雨粒を睨みつけているみたいだった。
 透明で呼吸を妨げないマスクが開発されるまではみんな布で出来たマスクをしていたということを教えてくれたのもチサちゃんだった。相手の表情が読み取れないマスクは社会活動のサマタゲになるから、たくさんのお金を使って透明なマスクを開発したらしい。
 もしもこのマスクが開発されていなかったらチサちゃんの鼻やくちびるがどんな形をしているか、もしかしたら鼻やくちびるの形がみんな違うことすら、私は知らなかったのかもしれない。

「私、一度バケツを忘れて家を出ちゃったことあるんだ。お母さんもお父さんも出張中で家に私しかいなかったの。寝坊して慌てちゃってさ」
「チサちゃんでもそんなことあるんだ?うっかりミスとか絶対しなさそうなのに」
「結構あるよ、だから学校にいる時はいつもすごく気をつけてる。でね、バスに乗ってから気がついちゃったの、バケツ忘れたことに」
「うわ、サイアク。何にも触れないじゃん」
「うん、サイアクだった。何がサイアクって、消毒しなくたって私は何でも触れるんだって気がついちゃったのがサイアクだったし、バケツ持ってないからって周りの人たちが一斉に嫌そうな目でこっち見てくるのもサイアクだったし、その日1回も消毒しなかったのに何週間経っても私は病気にならなかったのもサイアクだった」

 そろそろ学校に着きそうだ。
 私たちに気がついた友達が笑顔で傘を振っているのが見える。

「なのに、私に消しゴムを貸してくれた隣の席の子は入院しちゃったの」

 急に雨が強くなって何も聞こえなかったフリが出来ればいいのにと思った。
 チサちゃんはその子の入院が自分のせいだと思っているに違いないし、チサちゃんが自分でそう思っている以上、チサちゃんの中でそれは揺るぎなく真実なのだ。私はチサちゃんのせいじゃないよって言いたかったけれど、きっとなんの意味もない言葉になってしまうことは分かっていた。
 チサちゃんは傘を振る友達の方へ走っていく。私はバケツが重いので走りたくない。
 それでも私は、水たまりにながぐつを突っ込みながら「チサちゃんは悪くないよ」とつぶやいた。


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