32:フラッシュバック
心臓が痛い。早鐘を打っている。
両手がぶるぶる震え出す。
泣きたくなんかないのに、目から涙がぼたぼた落ちる。
顔色は土気色になり、震える右手を左手で押さえながら薬を飲んだ。
職場で起きた、フラッシュバックだ。
◆善意でえぐられた傷
彼は決して意地悪を言うつもりも、私をこんな風にさせるつもりでもなかっただろうと思う。
一方的だろうと、押しつけがましかろうと、それは善意と呼ばれるものだったのだろうと思うし、そう思いたい。
仕事終わりの喫煙所で、同僚である彼は「でも、彼女も色々と考えて、そう接していたのかもしれないじゃん」と言い出した。
何が? と問いかけて、トリガーになった出来事のことだと気付いた時には遅かった。
彼はなおも話し続ける。
推測でしかないことで、私の記憶を踏み荒らし、3ヵ月前のひどい状態に引き戻していく。
年上の後輩だからこそ、「こんなことも出来ないの?」といういら立ちがあったのではないか。
言葉がきついのは、そういう側面もあったのではないか。
あの時のことを思い出す。
イヤでも思い出す。
自分に投げかけられた言葉、嘲笑を孕んだ侮蔑の眼差し。
心拍数が跳ね上がり、血の気がどんどん引いていくのがわかった。
「もうやめて」と声を絞り出して、薬を飲んだ。
ごめんね、言わなければ良かった。
彼はそう言ったけれど、起きてしまったものは戻らないし、後になってから謝られても遅いのだ。
その後も彼の話を聞いたし、相槌も打っていたけれど、何を話していたかなんて思い出せない。
彼の話したい話をただ聞いているだけだったし、言葉はうまく出てこない状態。
安定していた心が、一気に不安定へと傾いた。
◆何もしたくない
頓服として飲んだクロチアゼパムは、帰りの電車で既に効果を発揮していて、私はふらふらしながら新宿駅を歩き、家まで帰り着いた。
その間の記憶は、ほとんどない。
座ることができたので、目を閉じたら夢も見ない眠りの中だ。
やっと来た週末、ゲームでもしようかと思っていた気持ちは見事に消えていた。
食欲もなく、ご飯を少し食べて部屋に引き籠もる。
薬のおかげでだいぶマシだが、心拍数はまだ高い。
彼女が何を考えてあの言葉を口にしていたかなんて、どうでもいい。
彼女自身でさえ、今となっては思い出せもしないことだ。
理由を知りたいとも思わない。
私の中で、彼はもう話したくない人になってしまった。
週明け、顔を合わせるのが気鬱な程度には。
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