124:無理は長続きせんのよ
根性無しといえば二等兵。
そう言っても過言ではないくらい、私は根性というものがない。
特に運動に関する根性は、母のお腹の中に置いてきた。
弟も置いてきているので、たぶん母のお腹の中には2人分の根性が取り残されていたはずだ。
■私にはどういうやり方が合ってるの?
私は、自分に甘い性格であることを自覚している。
そして、飽き性なことも知っているし、一度「今日はまあいっか」とやってしまったら、ずるずるやらなくなることも知っている。
あ、トレーニングの話ですよ?
仕事なら、飽きていてもちゃんとやる。だってお金もらってるわけだから。
そう、分かってる。
分かってるなら対策しろや、と言われるのも分かってるし、自分だって友達にそんな相談されたら、「そこまで分かってるなら対策しなよ」と言う。
だが、これがなかなか難しい。
ついつい自分を甘やかし、「いつも頑張ってるから、今日くらいいっか」と思ってしまうのが、それはそれはもう度し難い。
度し難いの極みである。
私の場合は、トレーニングウェアに着替えて、格好から入ろうとする時点で、負け確定。
ウェアだけでやった気になる、それが二等兵である。
■食べることへの執着心
前世は飢餓で死んだのかな? というほど、私は「食べる」ことへの執着心がものすごい。
原因として思い当たるのは、幼児期からの「痩せろ」という圧。
3400グラムオーバーのまんまる赤ちゃんとして生を受け、ぽちゃぽちゃしたまま成長してきた中で、私について回ったのは「デブ」という形容詞なんだか名詞なんだか分からないものだ。
痩せなくちゃ、という強迫観念みたいなものは、いつもついて回っていたように思う。
でも、今にして思えば、成長期の子供が一時的に太って、その後で身長がぐいっと伸びるなんて、よくある話だ。
小学生でLDLコレステロール値がヤバい、とかなら、食事制限も必要だっただろうが、特にそういうもので引っ掛かったことはない。
むしろ健康優良児。
周囲からも自分からも、「痩せろ、食うな」と命じられ続けていた「私」は、成長して多少自由になるお金が出来た時、「取り憑かれたように食べる」人間になっていた。
ひたすら食べることを我慢してきた、子供の頃の「私」に言ってあげたい。
よう頑張ったな、小さい時の私。
そんなに太ってないのに、丸顔のせいでデブデブ言われてな。
子供体型やもん、お腹がちょっと出るくらい当たり前やんな。
胸が出てきたのだって、太ったせいじゃない、性徴期やったんや。
身長160あって45キロなんて、美容体重やん。
頑張ったで、ほんまよう頑張ったで。
周囲からそう言われ続けることで、本当にそうなってしまうこともある、といういい例だ。
これはもう呪いに近い。恐ろしい。
■無理してもいいことない
幼い頃の反動だとしても、蓄積し続けてきた余計なカロリーは、中性脂肪と内臓脂肪となって私の身体にまったりと貼りついている。
それはそれはもう、まったりと。
なので、とりあえず「余計に食べようとする」のをやめてみようと思う。
あと、気ままに出来るYouTubeのエクササイズを、1日1個は必ずやる、という程度の縛りでやってみる。
食べちゃいけない、食べちゃいけない、という呪いからは、今日で卒業すると決めた。
無理してもほんまええことない!!
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