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『ラークシャサの家系』第19話

◇「10月13日は何の日?」

 山崎正のアパートは、寄居町にある築30年を超える古い1DK。近くには荒川の玉淀ダムがあり自然豊かと言えば聞こえは良いが、コンビニすらない、とても寂れた場所のようだ。

”まもなく埼玉県大里郡寄居町末野14○○ー○○に到着します。”

 会社からほんの15分程度。小久保たちの殺害現場から5分程度。事前にアークが調べた通り、周りには住宅以外何もなく、とても静かな場所だ。ただ幸いなことに、いずれの住宅も、まだ人が住んでいる。昭和を感じさせる建物の外観は、何か懐かしい。とりあえず山崎正宅へ入る。古い2階建てのアパート。山崎の部屋は1階の一番奥にある16号室。扉の郵便受けには、ピザやら寿司やらのチラシが無理やり詰め込まれている。久しく人が入った様子はない。

”カチャカチャ・・・ガチャ”

「オレが入ろう。」
 一応、安全が確認できるまでは、七瀬と井村明子は外で待機だ。

「うっ・・・カビ臭っ」
 独身男性が暮らすアパートが放つ独特の匂い。いや。それだけではない。何か異質なものを感じるが、それが何なのかはよくわからない。
 部屋自体は、”あひる坂46”だろうか?若い?幼い?女性が集まったポスターや、ライブで応援に使う光る棒?みたいなものが、所狭しと占有しているいわゆるアイドルオタクの部屋。とりあえずユニットバスや押入れを確認。特に危険はなさそうだ。
「七瀬参事官、明子ちゃん、入ってくれ。」

「うわっ汚っ。床の埃がすっごいっ。これ靴のままでもいいわね?」
「七瀬参事官、一応、シューズカバーを。」
「あっそうね。明子ちゃんも。」
「・・・」

「これと言って何もなさそうね。もういいんじゃない?キダさん?私的にはちょっと無理。この部屋。」
「七瀬参事官、もう少し調べますよ。で、明子ちゃん、何か感じるかい?」
「特には・・・」
 というか、この雰囲気を何とかしたい。窒息しそうだ。いったいどうしたら良いものか。

「キダさん、ちょっと手を貸して。早くっ。」
 七瀬ーっ!なんて格好をしているんだ!床に散らばっているものを避けて歩いたのだろうが、ツイスターゲームでよく見る面白い格好になっている。井村明子とこんな雰囲気になったのは、お前に原因があるように思うのだが・・・少しは空気を読んでくれ。井村明子を逆なでするような行為はやめてくれ。
「早くって言っているでしょぉ。キダさん」

「・・・もう・・・なんで?・・・」
「なに?明子ちゃん?なんか言った?」
「七瀬さんとキダさんって・・・」
「私とキダさん?」
「七瀬さんとキダさんって、つ、付きあって、付き合っているんですよね?」
 先ほどから、オレと七瀬のやり取りを、なんともいぶかしい目つきで見ていた井村明子が、ダイレクトな疑問を七瀬にぶつけてきた。
「ん?なんで?私とキダさんが?」
「だって先週・・・」
「先週?何かあった?その前にこの部屋から外へ出ません?臭くて。」
「あぁ、一旦出よう。ほら七瀬参事官。」
「あっありがとうございます。キダさん。」
「・・・」
 とりあえず、俺は七瀬を引っ張り上げ、あの変なツイスターゲームのような体勢から救い出し、全員で山崎正宅から出た。

 結局、何かヒントになりそうなものは何も見つけることはできなかったが、今まさに、この3人のおかれた状況が改善されそうな展開、これは大歓迎だ。

「で何で私とキダさんが付き合っていることに?」
 いつもにも増して意味もなく強気な七瀬。
「だって先週、キダさんを家に泊めましたよね?」
「えぇ泊めましたけど。」
「それって付き合っているってことですよね?」
「だから・・・なんでそれが付き合っていることになるの?ただ泊めただけ。戦いで大ケガしたクシャトリヤを治療して、私のベッドに寝かしただけです。他に横になるところがなかったから、私も隣に寝ただけです。」
「それって・・・付き合っていないと・・・」
「それが、このラークシャサを管理する、我々”七瀬”の使命であり仕事なんです。あなたの言うような”付き合っている”とか”泊まった”だとか、ポヤポヤ、ふわふわしたそんな世界で私たちは生きてないんですっ!」
「でも、七瀬さんってキダさんのこと。」
「とにかく。私はそんなんじゃないのっ! それに、明子ちゃん、あなた知らないの? クシャトリヤにはアレが無いことを?」
 七瀬さん、もうそれくらいで良いでしょう。これ以上はオレが恥ずかしくなってくる。
「アレって?」
「だからぁ、仮に一緒のベッドで寝たからと言っても、私とキダさんとでは、人間でいう男女の関係には絶対になり得ないのっ! 」
「ん?どういうことなんですか?」
 二人の会話がかみ合わなくなってきた。
「まぁ二人ともそれくらいで。明子ちゃんもお家に帰ってからお母さんに聞いたら良いんじゃないかなぁ? ほら、七瀬参事官も。」

「あらあらにぎやかね。あまりこの辺りではお見掛けしないお顔ですけど、どうかなさいましたか?」
 品の良さそうな白髪の女性が声をかけてきた。彼女の彫の深い顔立ちが、どこかエキゾチックで若々しく感じさせる。

「あっ、こんにちは。私たちは県警のものなのですが、こちらの16号室に住んでいた男性について調べておりまして。あっこちらが顔写真になります。何かご存じのことがあれば、ぜひ調査にご協力をお願いしたいのですが。私は七瀬と言います。こちらも同じく、キダと井村です。」
「あら、このお部屋の方って、こんなお顔でしたっけ? 先日、お話しした方はもっと・・・なんと言ったら良いでしょう?イケメン?ちょっとこんな感じの方ではなかったですねぇ。髪の毛が黒かったですし、う~ん、眼鏡をかけていることぐらいですかね。同じなのは。」
「えっ?違う? その、こちらに住んでい居る方と、お話しされたというのは、いつごろのことでしょうか?」
「えぇと、派手な車が来てた日。何日でしたっけ?ちょっとお待ちください。お父さんに聞いてみますから。」

”プルルルル、プルルルル”
”カチャ”

「あっお父さん?今、家の前のアパートで、警察の方から職務質問されているんですよ。すごいでしょ!ドキドキしてるの。ねぇ。ところでアパートのお兄さんとお話した日っていつでしたっけ?覚えていらっしゃいますか?あの派手な車が夜になってから来た日ですよ。」

”おまえ、○✕▲$&&、!”#$%&’、引っ越しの!”#%&’()”

「そうですね。そうかそうか。お父さん、ありがとうございます。さすがですねぇ・・・」

”そりゃ、おまえが #’&%$#”$%&だろ!”

「はいはい、それでは切りますよ。」

”カチャ”

「あら、ごめんなさい。えっと10月13日でした。その日は、引っ越しの日と言うらしいですね。その13日の夕方4時ぐらいです。その夜、派手なバンみたいな形の車が来て、男の人が何人か出たり入ったりしてましたので、お父さんと”引っ越しの日に引っ越しかぁ”ってお話ししていました。ようやく思い出しましたよ。」
 10月13日、小久保たちが惨殺された日。つまり、その数時間前に、山崎正の部屋には違う男が居たという訳か。
「それでは、えーと・・・おばあちゃん」
「おばあちゃんは失礼ね。白石よ。お兄さん。」
「あっごめんなさい。白石さん。お話しされた方というのは、この中におられますか?」
 山崎正の他、小久保たち6人の顔写真と、茂木兄、鴛海、それと先週会った、上野村広報課の山野、計10名の顔写真を見せた。

「あっこの方ね。この方よ。」
なんとなく感じてはいたが、白石さんは、オレの想定内の顔写真に指をさした。


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◇第20話へつづく

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