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『ラークシャサの家系』第15話

◇「休息と追憶」

 さて、反撃開始といきたいところだが・・・少し血を流し過ぎた。各部の再生が間に合っていない。特に腹のダメージは甚大。さっきは幻覚を見せて、なんとか攻撃を避けたが、次はどうする?
 直接、脳に働きかけて、相手に幻覚を見せるやり方は、一見効果的だが、連続して使うと、効き目が弱くなって、そのうち効かなくなる。しかも、2匹同時は無理。さて、困った・・・

 そんな時、なぜか奴らの攻撃が止まった。

「ゔおっ!」
「ゔお、ゔおっ!!」
 会話のような鳴き声を交わすと、2匹はすごい勢いで、暗い夜の森に消えた。いったいなんだったんだろうか・・・まぁ、とにもかくにも、助かったことに間違いはない。

「ふぅ・・・ちょっとヤバかったな・・・眠い・・・」
 オレは、思わずのその場に座り込んでしまった。少しは再生されてはいるが、まだ、腹から内臓の一部?、腸みたいなものが飛び出している。これはけっこうグロイ。

少し休みたい・・・
眠りたい・・・

”ボボボボボ・・・バウンッ!ボボボボボ・・・”
武蔵2号の音・・・

”ガチャ”
誰か降りた?七瀬か・・・

「キダさん!キダさんしっかりしてください!明子ちゃん、車の後ろに専用の医療器具があるからっ!」
七瀬、そんなに揺らしたら痛い・・・腸出てる・・・

”カチャ、カチャ、”
”ビーッ”
”ザッ”
「ここでいいですか?七瀬さん」
「うん。そこしっかり押さえておいて!」
「そこ・・・」
「キダさん!キ・・・」
「す・・・」
「・・・」


なんとも言えない懐かしい気持ち、もう忘れてしまった感覚・・・
昔、同じような・・・

 気が付いたら、どこかの部屋のベッドに寝ていた。再生はほぼ完了しているようだ。いったいどれぐらいの時間が経ったのだろう?

見たことのない景色・・・
七瀬の匂いがする・・・
もう少し眠ろう・・・

ん?七瀬の匂い?

「七瀬?!」
なぜ七瀬が横に寝ている?
えっ!ここはどこですか?
少し冷静になれ、オレ。
別に慌てることではない。
ただ状況が理解できない。
何がどうなったら、オレが七瀬と一緒のベッドで、寝ることになるんだ?
寝ているふりをしたほうが良いのだろうか。
どうしよ・・・

 その時、七瀬が寝返りを打った。
「んん・・・ん・・・何時?そろそろ起きないと・・・」
「ぐーぐー・・・」
「キダさん、起きてるでしょ? 」
「ぐーぐー・・・」
「ま、いいか。キダさんは、寝ていてもいいですから。今日は日曜日で会社はお休みです。私、なにか食事を作りますね。」

 七瀬は、こんな状況に、ずいぶんと慣れた感じがするのだが、今日日の若い女は、こんなものなんだろうか? オレたちクシャトリヤは、元来、生殖機能がないので、結婚をしたり家族を持つという欲求が薄く、ほとんどの個体は、そういったことから疎遠になっている。
 オレも同様、生まれて一度も、そんな経験はない。ただ、厳密に言うと、唯一、学生の時に、こいつとだったら一緒にいてもいいなと思ったヴァイシャがいたが、結局、そのことを伝えることはできなかった・・・

おい、オレ。相手は人間だぞ。なにを考えている。
ただ単に、再生時間が必要なオレのために、場所を貸してくれただけだ。
少し落ち着け。
ちょっと前からおかしいぞ!オレ。

”トントントントン・・・・”
「キダさん、お味噌汁とかって食べられるんですか? 再生したてですから、あまり重いものは良くないかなって思いまして、サツマイモのお味噌汁にしようと思うんですけど・・・」
「あっ大丈夫です。何でも食べますから、おかまいなく・・・」
 なんだかペースがつかめない。こういう時って、何してたらいいんだろ?完全に手持無沙汰。

 今気づいたけど、オレ・・・全裸なんですけど・・・

「あのお・・・七瀬参事官、なにか着るものってありますか?」
「あっ!ごめんなさい。ちょっと待ってくださいね。着ていた服は、穴が開いてたり、血が付いてたりで。」

”ガタッ、ガタガタッ”

「これ着てください?たぶん、サイズは大丈夫と思いますけど。」
 サイドボードの引き出しから、明らかに男物と思われるグレーのスエットが出てきたが、どう見ても新品ではない。これでパンツなんて出てきたら、お父さんは泣いてしまうぞ。

「あと下着も。あっ、どちらも、ちゃんと洗ってありますから、大丈夫です。」
「あっあぁ・・・そうね。」
 出てきた。何が大丈夫なの?七瀬さん。そういう問題じゃないぞ・・・なぜ、そういったものがあるのかな? しかも、高そうなトランクス、なんかゴムのところに英語で書いてあるやつだよ。

「じゃっ、ちょっと借ります。」
 って着るんか!オレ。まぁスエットやパンツが悪いわけではない。こういうところは、オレもガサツかも。

 今までに、このスエットを着て、七瀬のベッドで寝た奴が何人いるのかは知らないが、めでたくオレも仲間入りか。まぁ他の奴らとは、ずいぶん状況が違うと思うけど。
 再生がほぼ完了しているんだ。長居は無用。飯食ってさっさと帰ろう。

「キダさん、お待たせしました。味噌汁の他に玉子焼きも作ってみました。お口に合うかどうかわかりませんが。」
「あっ、ありがとうございます。」
 そこそこ美味そうにできている。そう言えば、蕎麦を食った後、何も食べてない。どうりで腹が減っているわけだ。
「キダさん、なにか変ですよ。なぜ、いつもと違う喋り方してるんですか?」
 いやいや、逆に七瀬は、なぜ、いつも通りで?
「あぁ、ちょっと緊張を。女性の部屋に行くことなんて、ないんで・・・あっ、食べたらすぐに帰ります。」
「そ、そうなんですか・・・」

「あっ、それでは、いただきます。」
 うまい。少しバターがうっすらと香る甘く味付けした玉子焼き。これにケチャップを付けると、信じられないぐらい白飯と合う。味噌汁に入っているサツマイモは、皮を剝かずに入れることで、なんといえない野趣あふれる味になる。子どもの頃、よく食べた味・・・
 玉子焼きの味付け、味噌汁の具、こういうものの味付けは、家によって分かれる。七瀬の家は、長きにわたり、オレの一族を管理してきたこともあって、自然と味付けも似てきたんだろう。
「玉子焼き最高っす。サツマイモの味噌汁も。サツマイモって、味噌汁の具としては、あまり人気がないみたいだけど、オレ、好きなんですよ。オレの中ではダントツ1位なんだけどな。」
 いつもどうやって喋っていたっけ?なんかテンポがつかめない。
「ふふふ・・・よかった・・・」

 マザコンと言われそうだが、母を思い出した。今頃どこで何してるんだろうか・・・七瀬なら知っているんだろうか・・・


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◇第16話へつづく

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