おとなの雪

 朝、起きると、今日も雪。地面は白く、屋根も白く、空は灰色。粉っぽい雪が舞っている。
 十時ごろには空に少し青みが差し、落ちる端からペタペタと音を立てて溶けていくような、水を含んだ雪に変わった。アスファルトの道路を行く車は、雨の日のような水音を鳴らしている。
 この調子なら積もらなさそうだ。
 明日のことを考えなくてもいいのなら、雪は楽しい。降る雪も積もる雪も、この辺りでは非日常だ。非日常は楽しい。
 でも、明日は来る。どんなに雪が降って道路が凍ろうとも、明日には行かねばならないところがある。そうなると、雪は厄介ものに変わる。積もらないよう祈るほかない。

 今日の雪は大したものではなさそうなので、午後から買い物に出かける。空は明るいが、まだ降っている。
 雪の中出かけるのも、もちろん楽しい。雪が降る姿は、心をすこし浮つかせる。車のフロントガラスを掠めて飛び去っていくのを見るのが好きだ。

 近所のショッピングモールであらかた買い物を終わらせ、帰ろうかと思ったところで、コーヒーが残り少なかったと思い出し、輸入食料品店に寄る。
 店の奥の方で棚を物色していると、突然、背後で子どもが泣き出した。びっくりして振り向く。二歳、三歳くらい。女の子だ。大人の男の人の腕の中で、えび反りになっている。活きがいい。
 「うわーーー!!!」と文字にできるくらいはっきりとした言葉で、喚き散らす。大人の腕から逃れ、床に倒れ伏して、全身で「イヤーーー!!!」と泣き叫ぶ。この世の終わり、物凄い悲劇だ。店内にその声が響き渡る。
 その子を連れた大人二人は慣れている様子で、叫ぶ女の子を相手に焦りもしない。抱きかかえて、外へ連れ出したのだろう、声が遠ざかっていった。
 ああいう声を聞いていると、ちょっと笑ってしまう。本人は真剣に嫌なのだろうから、笑っちゃいかんと思うが、どうしても微笑ましい。
 何がそんなに嫌なのだろう。大人には計り知れないが、羨ましくさえ思う。あんなに大声で嫌なものを嫌だと言えるなんて、すごい。本気で、羨ましい。
 あの女の子にはごめんなさいだけど、なんか元気が出たと思いながら、買い物を済ませ、店の外に出ると、雪は止んでいた。
 「イヤーーー!!!」って、泣き叫ぶわけにもいかないので、そのまま静かに車に向かって歩く。積もるのは困るしね、止んでよかったよかったと、心の中で自分に言う。

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