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離婚後共同親権を導入する家族法制見直しについて、慎重な議論を求める会長声明(函館弁護士会)

3月22日、函館弁護士会が「離婚後共同親権を導入する家族法制見直しについて、慎重な議論を求める会長声明」を発信しました。

すでに離婚した父母も申立ての対象となっていることについて、「過去のDVの証拠が散逸する等、子のために適切な判断をすることがさらに困難となり、子の安全、安心を確保することができない可能性がある」と指摘。

また、家庭裁判所のリソース問題については、「函館家庭裁判所では刑事部の裁判官が家事調停、審判事件を兼務しており、このような地方の家庭裁判所では、急を要する案件について、迅速に手続きを進めることが困難な場合がある」と具体的な懸念を示しています。

離婚後共同親権を導入する家族法制見直しについて、慎重な議論を求める会長声明 | 函館弁護士会 (hakoben.or.jp)


離婚後共同親権を導入する家族法制見直しについて、慎重な議論を求める 会長声明

 2024年(令和6年)2月15日、法制審議会は、総会において離婚後の父母双方に親権を認める「家族法制の見直しに関する要綱案」を採択し、同年3月8日、民法等の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)が閣議決定され、同日、国会に提出された。
 しかし、前記要綱案は、法制審議会家族法制部会においても全会一致ではなく、複数の反対意見が表明された内容である。指摘された弊害に対する手当てについては慎重な議論がされるべきであり、また、改正案の内容が国民に対し十分に周知されているとはいえないなか、改正案が今国会において拙速に審議、可決されようとしていることに対し、強い懸念を表明する。

1 民法改正案819条2項は、「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。」と規定しており、これは、離婚後の父母の同意がない場合であっても、家庭裁判所が離婚後の父母に親権の共同行使を強制する「非合意・強制型」の共同親権を可能とするものである。
 DVは第三者が存在しない密室で行われ、被害者の精神的負担が伴う場合が多い等、必ずしもその立証は容易ではなく、DVの加害者を離婚後共同親権から確実に排除することはできず、離婚後の父母に親権の共同行使を強制す る制度の下では、DVの加害者がこれを支配の手段として利用する可能性が 極めて高い。DVの本質は支配であり、暴力や精神的虐待等がその手段として 使われる。離婚後、元配偶者である被害者との接点が子しかない場合、加害者 は親権者であることを利用して、子を通して被害者を支配しようとし、被害者 は子に不利益が及ぶことをおそれて、加害者の言うことをきかざるを得なく なり、加害者の支配が継続する可能性が高まる。配偶者に対するDVと子の福 祉は無関係とはいえず、加害者と関わりを持ち続けることを強制され、疲弊し ていく親を間近で見なければならないという環境におかれた子が毎日楽しく 暮らせるはずがなく、かかる環境に強制的に子がおかれるという弊害は看過できない。
 さらに、過去に現行法において離婚が成立し、被害者が親権者とされたDV事案について、事後的に共同親権への変更が可能であるとすれば、過去のDVの証拠が散逸する等、子のために適切な判断をすることがさらに困難となり、子の安全、安心を確保することができない可能性がある。
 同居親がDVの被害者である場合、被害者は加害者に居所を知られる恐怖感と闘いながら子育てに奮闘しており、自ら声をあげてその意見を表明することは困難である。そのような被害者の声なき声にも十分に耳を傾けるべきである。

2 前記のとおり、改正案は、「非合意・強制型」の共同親権を可能にするものであるが、子に関する事項を「協議して決める」との合意すらできない関係にある離婚後の父母が、子に関する事項について、円滑に協議・決定できる可能性は低い。
 離婚後の父母の意見が対立した場合、その紛争は家庭裁判所に持込まれることになり、事件数の増加が見込まれる。
 そのため、家庭裁判所では、申立てられた紛争に関し、家庭裁判所調査官が調査を実施して、裁判官が判断することになるところ、家庭裁判所調査官及び裁判官の人員が充実していることが求められる。
 この点、家庭裁判所調査官は、子の親権者の決定や監護者指定、面会等の家事事件において、子の意向や、家庭環境、子の学校での生活状況等の調査を行い、家事事件においてその調査結果は重要な意味を持つ。しかしながら、家庭裁判所調査官の予算定員は2009年(平成21年)から2023年(令和5年)にかけて2名しか増えていない。
 また、函館家庭裁判所では刑事部の裁判官が家事調停、審判事件を兼務しており、このような地方の家庭裁判所では、急を要する案件について、迅速に手続きを進めることが困難な場合があることに加え、裁判官の予算定員は令和3年から減少に転じており、裁判官の不足も深刻である。
 現状の家庭裁判所が前記のような紛争を速やかに裁定することは困難であり、子に関する事項が円滑に決定されないことによる不利益は子が被ることになる。

3 民法改正案824条の2では、「親権は、父母が共同して行う。」とされ、共同行使の例外として、「子の利益のため急迫の事情があるとき。」と規定されているところ、DV・虐待があった場合や、医療行為等に際して、どのような場合に「急迫の事情」があると解され、単独での親権行使が許容されるのか不明である。
 DV・虐待にあたるのかどうかについて、加害者が否定する場合のみならず被害者に自覚がない場合も多い上に、DV・虐待行為からどの程度の期間が「急迫」に含まれるかの判断も、基準がなく現状では困難である。DV・虐待から被害者自ら「子を連れて逃げる」ことを前提として、その被害者保護が図られている実情において、同条項は子を連れて逃げようとする被害者に、「急迫の事情にあたらないのではないか」との不安を生じさせ、子を連れて逃げることに対する委縮効果をもたらし、被害者の「子を連れて逃げる」という手段すら奪いかねないものである。
 医療関係者からも、単独の親権者の同意のみで医療行為を行った後に医療機関が訴えられる訴訟リスクがすでに懸念されており、また、そもそも、親権者が単独でなし得る医療行為の範囲も不明確であり、これを明確にすることも必要である。
 学校などの教育機関や児童相談所においても同様の課題があり、現状では、現場の混乱が強く危惧される。

4 また、改正案においては、子の意見表明権が明記されておらず、種々の手続きにおいて、子の意見表明の機会をどのように確保するか不明である。

5 以上のとおり、改正案がこのまま可決・施行された場合、様々な弊害が生じることが予想される。
 まず、法改正がDV・虐待の被害者保護の後退につながるものであってはならない。
 また、離婚後共同親権については、その弊害を可及的に防止するため、離婚後の父母がその内容を理解し、離婚後の父母の積極的かつ真摯な同意を家庭裁判所が確認する等の制度設計の検討がなされるべきであるが、このような具体的な検討が十分に尽くされているとはいえない。
 なお、単独親権が原因で子どもに会えないなどの報道も散見されるが、面会の可否と親権の帰属に直接の関係はなく、現段階において、現在の法制度や家庭裁判所の実務がどのようなものであるか、また、それが改正案によりどのように変わるかについて、国民に正しく周知されているともいえない。

6 選択的夫婦別姓や同性婚については、法制化に向けた進展がみえないにもかかわらず、子の養育の在り方等の「多様化」を理由の一つとして、「非合意・強制型」の離婚後共同親権だけが、かくも拙速に法制化されることは不可解といわざるを得ない。
 改正案がこのまま可決・施行されることにより生じ得る弊害の防止について、具体的な検討もなされることなく、拙速に審議・可決された場合、子の利益を害する可能性が極めて高い。理念や理想だけでなく、現実に子に不利益が及ぶ場面を想定して、その不利益をできる限り最小限にとどめる制度設計や予算確保も含めた家庭裁判所の体制について、慎重に検討し議論を重ねた上で結論を出すべきである。

2024年(令和6年)3月22日
函館弁護士会
会長 堀田 剛史


なお、離婚後共同親権に関する声明などは、こちらにまとめています。


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