トパーズ~虹と共に~〔3〕

≪3≫

【1】


『ジェイ―! ジェ―イ! 今すぐ事務所に来なさい!
聞こえてるんでしょ? わかった?』

『……………』

『ジェイッッ!!』

コンコン

俺の部屋のドアを叩く音が聞こえる。

『ジェイ? 涼パパが叫びまくってるよ? 行かなくていいの?』

あまりにも涼さんが俺の名前を叫び続けるからサーヤまでもが俺を呼びに来た。しょうがない、行くしかないか……とドアを開けた。

『……わかった、今行くから』

ポンポンとサーヤの頭を撫でて涼さんの待つ事務所へと向かうことにした。そんな俺の後ろに姿にサーヤが

『またやっちゃったの?』

『モテるからな〜』

振り向かず、右手を振りながらサーヤにそう告げた。毎度のコトだが、涼さん的にもある意味慣れっこなんだけど、この前モデルと食事に行った時に写真を撮られたらしい…。

『どう見ても、このアングルはあんた、はめられてんのよ。この子、あんたの彼女気取りであっちこっちで言ってるみたいだし……』

『……、ハァ、あの女か……。店出た瞬間抱きつくし、フラッシュたかれるしで可笑しいなぁとは思ったんだ』

『レイナでしょ―?それ』

『響、あなた、この子、知ってるの?』

撮影し終わったやつの出来上がりを確認に来てた響が口を挟んできた。

『友達のトコの事務所の後輩なのよ。で、そこの事務所のお偉いさんの姪っ子らしいわ。ジェイの彼女気取りでいろんなトコで言いまくってるみたい。友達も聞いたって教えてくれたのよ』

『まぁ、あんたのその癖は今に始まったことじゃないけど、変な子に捕まらないようにしなさいよ。一樹も遥子もおちおち成仏も出来なくて泣いてるわよ』

『…………。気をつけます』

ミスターとヨーコさんの名前を出されたら何にも言えないよ。好き好んでこの容姿に産まれたわけじゃないし……。

『一人に絞らないからそんなお馬鹿に捕まるのよ。レノンみたいに一人に真剣に付き合いなさいよ。
あっ、でも、あんたは私のレノンの様に人間できてないから無理かぁ〜』

『うるさいッッ。
お前だってレノンとうまくいくまではストーカーの様に付きまとってただろうが。そんなお前を受け入れたレノンはある意味、本当に人間出来てるよな』

『失礼ねッッ。
レノンは私の一途さに心打たれたのッッ。なんであんたと親友なのか不思議だわ』

『何を〜ッッ』

バンッッ!

痺れを切らした涼さんが机を叩いて 

『………、うるさいッッ、あんた達。ジェイももういいわ。本当に気をつけてよ。遊ぶのはいいけど、ほどほどにしときなさいよ、わかった?
響、時間は大丈夫なの?』

『あっ、あんたのせいでもうこんな時間じゃない。ジェイ、送ってよ。
あんたも出るんでしょ? あんたの現場の通り道だから。ねっ、先輩』

『チッ。
調子いいよな、お前はッッ。レノンに言い聞かせないとな、早く別れろって』

『早く行きなさいッッ! 二人ともッッ!』

しょうがなく響を車に乗せて向かうことにした。

『響、なんでレノンだったわけ? 俺の方がいい男だろ?』

『ばっかじゃないの? レノンの方がいい男に決まってるじゃん。あの落ち着いた物腰とかぁ、さりげなく紳士なトコとかぁ、あの涼しげな瞳で見つめられたらたまんないよ〜。それからね〜』

『………。わかった。聞いた俺が馬鹿だった。その辺でやめとけ』

『あんたが聞いたんじゃない。まだまだ言い足りないのに』

本当にまだ言い足りないらしく、膨れっ面になってた。

『響、着いたぞ。降りろ』

『ありがとね〜。助かったわ』

『おう。じゃぁな』

『あっ、夜レノンと食べに行くけど、来る? 今日の仕事、レノンと一緒でしょ?』

『…………。要するにレノン連れて迎えに来いってコトだろ?』

『あったりぃ♪ あっ、明日は土曜だし、紗弥加も呼んであげれば? 涼さんも今日は夜はなんか仕事が入ってるみたいだし、一人で食べなくてすむでしょ?』

今日は涼さんがいないから一人で食べなくてはいけないサーヤの為に夜は予定はいれてなかった。一人でご飯を食べなくていい様に必ず俺か、涼さんが居るって一緒に住み始めた時に決めた俺と涼さんとの約束。居候のレノンと響もその約束は暗黙の了解で守ってくれてる。

『そうだな。響、サーヤにも連絡しといて』

『わかった。連絡しとく。ジェイ、あんたもいい加減いろんな女に手を出すのやめれば? 遊びでしかないくせに』

『……………。俺はいつだって、どんな女にも本気だけど? それに、俺みたいにいい男は女がほっとかないんだからしょうがないだろ? くだらないお喋りはいいから早く行け。送れるぞ』

『行くわよ。………、じゃぁね、また後でね』

『おう、後でな』

撮影もインタビューも時間通りに終わってレノンと響を迎えに行くことにした。

『レノン、響に連絡したか? 何処に来いって?』

『撮影が思ったより早く終わったから一旦帰るってさ。紗弥加と直接向かうから店に行っとけってさ』

『ふ〜ん。迎えに来いって行ったり、直で行けって言ったり我が儘放題だな、あいつは』

『我が儘なのはお前も一緒だろ? 今まで俺と涼さんがどれだけ振り回されたことか』

『昔の話だろ!』

『そうか? 未だに女癖が悪いのは相変わらずだけど? その度に涼さんがキーキー言ってるぞ』

『モテる男は辛いんだよ』

タバコの煙をレノンに向かって吐き出してやった。

『レノンだって響と付き合うまではいろんな女に手を出してただろ? 涼さんは知らないだろうけどさ―』

『俺はその辺はうまくやってたからな―』

そう言って今度は俺に向かってタバコの煙を吐き出してきた。

『チッ。俺は正直者だから隠し事なんてしないんだよ』

またレノンに向かってタバコの煙を吐き出してやった。

『正直者ね〜』

そう言いながらまたレノンが俺に向かってタバコの煙を吐き出してきた。

『なんだよ、その意味ありげな言い方』

『いや、別にぃ。正直者なんだろ? 着いたぞ。早く停めて中に入ろう』

俺は車を駐車場に停めて中に入った。先に来ていた響が手を振って俺達に手招きをした。

『待ったか?』

『私達もさっき来たとこよ。早く注文して食べよ。お腹空いちゃった』

『そうしよう』

そう言ってレノンは響と色々言いながらメニューから選んで注文した。

『なんか私だけ場違いな気がする。私も来ちゃってよかったの? ジェイ達だけで食べに来たらよかったのに。もう子供じゃないんだし、一人でもちゃんと食べれるよ?』

『いいんだよ、紗弥加はそんなコト気にしなくても。高校生にはなかなか来れないトコだろ? それに、ジェイと二人で食べるのも味気ないだろ?』

『確かに来れないね、こんな高そうなお店。雑誌で芸能人がよく来るって載ってるのは見たことあるけど……。レノンは響ちゃんとデートでよく来るの?』

『たまにね。紗弥加も彼氏が出来たらおねだりしてみたら?』

『そうよね〜。紗弥加だって彼氏がいたっておかしくない歳だもん。
ね、今日の紗弥加、綺麗でしょ? ちょっとお化粧してみたの。元がいいから楽しかったわ。モデル引退したらコーディネーターに転身しようかなぁ♪』

『本当に綺麗だよ。大きな声では言えないけど、その辺の芸能人より全然イケてるよ。今度、響に内緒でデートしようか?』

『レノンてば、上手いよね〜。響ちゃんに怒られちゃうよ? っていうか響ちゃんの前で言ってるトコが内緒じゃないじゃん』

『紗弥加だったら私のレノン貸すわよ。只し、本気はダメよ?』

『………、どうした? ジェイ。ボーッとして。紗弥加に見惚れたか?』

『なっ……、大きくなったなって思っただけだよ』

本当にそう思っただけだ。あんなに小さかったサーヤ。ばあちゃんの葬儀で目に涙をいっぱいにためて俺の手を握りしめてた。ミスターとヨーコさんも亡くなって、不安もいっぱいあっただろう……。
しかも親代わりが俺と涼さんだし……。

『そう言えば、紗弥加。前に告白されたって言ってなかったっけ? それからどうしたの?』

『……っ、ひ……響ちゃん。内緒だって言ったのに』

そりゃ彼氏の一人くらい出来てもおかしくないよな。

…………って
えぇぇぇぇっっ!
か……か……彼氏!?

『汚いぞ、ジェイ。吹くなよ』

『だ……、だって今、か……、彼氏って』

『あんた、性格も悪けりゃ、耳も悪いわけ? 告白されたって言っただけよ』

『でも、デートするって言ったぞ?』

『ジェイ、デートするのは俺とだよ。なっ、紗弥加』

『なんでお前とするんだよ。響がいるだろうが』

『何をムキになってんのよ』

『みんな……、私の存在忘れてない? それに、まだ彼氏も出来てないのに……』

『でも、紗弥加、告白されたんだろ? その子のコト嫌いなのか?』

『好きとか嫌いとかじゃなくて……。付き合うってコトに実感わかないし……』

『付き合ってみて考えるってのも一つの手よ、紗弥加?』

『ま……、待て。ソイツはドコのどいつだ? どんな奴なんだ? 俺よりイイ男なのか?』

なんか男親の心境ってこんな感じなのか?
あんなに小さかったサーヤが告白されるなんて……。 どんな奴なのか気になる。

『ジェイ、落ち着け。まだ彼氏が出来たとも、付き合うとも言ってないぞ?』

そうだ。落ち着け、俺。
ミスターならどうしたんだろうか……。
笑って今度連れておいで……とか言いそうだよな。ヨーコさんも笑いながら見てみたいとか言いそうだし……。

『同じクラスの子なんだよね〜? 紗弥加』

『もうッッ。響ちゃんッッ。これから絶対に響ちゃんに相談しないッッ』

真っ赤になってサーヤが響に訴えかけてた。

『ねっ、もうすぐ体育祭でしょ? じゃぁ、見れるわよね、その子』

『今年ももうそんな時期か。頑張って体鍛え始めないとだめだな。なっ、ジェイ?』

『えっ? ……あぁ、そうだな』

サーヤの通う高校は地元ということもあって、俺達が越して来てからというもの事務所のメンバーもほぼ総出で参加する。涼さんが地元との交流も深めるという意味を込めて毎年恒例のうちの事務所の行事になっている。
それもあってサーヤは本当は地元の高校には行きたがらなかったんだけど、涼さんと智香に必死でせがまれ、渋々進学することを決めた。
事務所側で露店を出したり、実際に競技に参加したりする。
そのお陰なのか、他の地域からも人が来る為に学校側としてもいい宣伝になるし、事務所側も新人の宣伝にもなるということでどちらもかなりの力を入れている。

『で、紗弥加、その子は何ていうのかな?』

『同じクラスの俊介って子だよね〜♪』

『もうッッ!響ちゃん!』

『紗弥加、その子はどんな子なのかな? 紗弥加はその子のコトは嫌いなのか? お兄さんがいつても相談にのるよ?』

『レノンもッッ!』

『だって我らが大事な妹だぞ? 変な奴には渡せないからな。だからちゃんと知っておかないと困るだろ。で、どんな奴?』

そうだ、レノン。俺達の大事な妹だ。
で、どんな奴なんだ、サーヤ。

『……………』

――― 何故黙る……、サーヤ。どんな奴なんだ?

『紗弥加が言わないんだったら私が言っちゃおっかなぁ♪』

――― ナイスだ、響! たまにはいいコト言うじゃないか。
ミスター、ヨーコさん、俺はどうしたらいいんだろう……。

『………。ただのクラスメートだよ。そんなコト言われてもピンとこないし……。向こうも気持ちを言いたかっただけだから答えはいらないって言うし……』

『俊介ってやつもなかなかやるなぁ』

『でしょ? レノンもそう思う?』

『なんで? なんでなかなかやるなあ……なの?』

『だってさ、そんなコト言われたら嫌でも意識するだろ? しかも答えはいらないとくる。お前もそう思うだろ? ジェイ』

『あぁ、そりゃそうだな。体育祭の時にしっかりと確かめないとな』

本当に。
ミスター、ヨーコさん、どんな奴なのか、サーヤに相応しい奴なのかちゃんと確かめてくるからな。
ちゃんと………。

『なんか今日はこの為に私が呼ばれたような気がする……』

『あったりぃ♪ 紗弥加にもとうとうそんなコトがある歳になったんだもん。みんなでお祝いしなきゃね〜♪』

『響ちゃんッッ!
………まだ付き合うとも何にも言ってないのに……』

その後は他愛もない話をしつつ食事も進んだが、俺は「俊介」がどんな奴なのか、どうしたらいいのか、そんなコトばっかり考えて何を食べたのかよくわからないままお開きとなった。

『みんな、今日はごちそうさまでした。私を肴にしてくれてどうもありがとう』

少し拗ねてサーヤが俺達に向かってペコッと頭をさげた。

『拗ねない、拗ねない。みんな通る道なんだから。私やレノン、ジェイっていう人生の先輩がいるんだからね。あっ、ジェイじゃ参考にならないか』

『俺達の大事な妹を変な奴にはやれないしな。なっ、ジェイ?』

『あぁ………』

『ジェイは今日は口数がすくないね? 体調悪いの?大丈夫?』

頭がうまく回らない……。

『そんなコトないよな? いろいろ考える所があるんだろ。大事なサーヤを拐かす奴はどんな奴か……? とかさ。ジェイ、お前も明日はオフだろ?もう一件行くか?』

『そうだな。響、俺の車で帰れ。ぶっ壊すなよ?』

響に車のキーを渡してサーヤ達と別れて俺達は次の店へと歩きだした。

『いろいろと考えるトコがあるんだろ? 正直者のジェイ君?』

『………、綺麗なお姉ちゃんのいる所がいいなぁ、俺♪』

『今日は静かなバーが最適だな。あっちにゆっくり飲める店知ってるからソコにしよう』

『え〜、綺麗なお姉ちゃんにしようぜ、響には内緒にしてやるからさぁ』

『いや、今日は女はいらないだろ? ほら、こっちだ』

肩を組まれ無理やり方向転換をさせられ、そのバーへと向かわされる俺……。やっぱり長い付き合いのレノンには誤魔化しは効かなかった。
確かに今日は女って気にもならない。

ミスター、ヨーコさん、俺はどうしたらいいんだろう………。






≪3≫

【2】


ジリリリリリ……。

朝日が俺の顔を照らし始める。下から涼さんが張りきってお弁当を作っている音が聞こえる。
今日は待ちに待った(?)サーヤの高校の体育祭だ。カーテンを開け、窓を開けて空を見上げると、体育祭を歓迎するかのような真っ青な綺麗な秋晴れの空。この前まであんなに暑かったが今日は風も爽やかに頬をくすぐる。
シャワーを浴びてダイニングに向かう。

『おはよう、ジェイ』

『おはよう、サーヤ。涼さん、今年はいつも以上に張りきって弁当つくってんなぁ』

『あら、ジェイ、おはよう。
当たり前でしょ。今年は紗弥加の高校生活最後の体育祭よ。ジェイとレノンだってジムに通っていつものトレーニングとは別にトレーニングして張りきって体鍛えて気合い入れてるじゃない。私はお弁当に気合い入れるのよ』

レノン、内緒のはずだったのに、お前、喋ったな……とレノンを睨み付けるとレノンは手を振り「俺じゃない、犯人はコイツだ」と口パクで言いながら響を指差した。

響、お前ッッ!

と響を睨むとニヤッと笑い舌を出した。そんな響に気づかないサーヤは俺とレノンにワクワクした表情で言った。

『二人とも、今年はそんなに気合い入れてたの? じゃあ、活躍が楽しみだね』

『まぁ、今回はいろいろと気合いのいれどころがあるんだよな〜? ジェイ?おちおちのんびり構えてる訳にもいかないもんな〜?』

レノンと、サーヤに気づかれないようにその言葉に頷く響をキッと睨み付けた。
サーヤは『へぇ〜、そうなんだぁ』と気づいた様子もなく普通に答えた。

そして俺達に向かって

『みんな、行ってくるね。また後でね〜』

と元気に出ていった。サーヤが門を出ていくのを窓から確認してレノンと響に

『お前ら、覚えとけよ?』

『あら、感謝こそされても、恨まれるコトなんてしてないわよ?私達。

ねー、レノン♪』

『そうだよなぁ? やっと正直者になれるチャンスを作ってやったのに』

『レノン、お前にだけは絶対に負けないからな。2コも年よりのお前に負けては男がすたる』

とレノンを指差し宣戦布告をしてやった。

『……………。はぁ……、お前は馬鹿か……。俺にじゃないだろ、宣戦布告は』

『本当に馬鹿ね、あんたって!』

と二人して俺に呆れ顔で言い放った。
…………。
涼さんが居ることをすっかり忘れて言い合いをしていることに気づいた……。弁当作りに励む涼さんは何も言葉を発することもなく、せっせと弁当を詰めていた。

校長のお決まりのあいさつから始まり、生徒代表と事務所の代表とが選手宣誓をして体育祭が始まった。
蛇足だが、この生徒代表はし烈な争いがあるらしい……。代表が男子生徒ならうちの女性モデルのトップ響(謎)が、女子生徒なら男性モデルのトップ俺(当然)が事務所の代表となるからだ。ハグをしてもらえるという特典付きで。
今年は男子生徒だったから響が事務所代表として選手宣誓をした。
出店はそれぞれモデル達が交代で店番をするんだが、俺達(俺、レノン、響)がやってしまうと出場するはずの生徒までもが出店に来てしまう……というアクシデントが相次いだ為、俺達の店番は2年で禁止になった。
競技が始まり、サーヤ達の出番も近づいてきた。
「しおり」で確認しながら涼さんが

『次よ、次は3年生の競技みたい。サーヤはどこかしら♪』

と何故かいつ買ったんだか新品らしきオペラグラスを覗きながらサーヤを捜してた。

『あっ、いたわっ! 横に並んでるのは智香ね。あの仲良さそうに話してる男の子、なかなかの男前ね。彼氏かしら♪』

ブーーーッッッ。

『ジェイ、だから、吹くなよ、お前はッッ』

『もうちょっとで私とレノンにかかるトコだったじゃないのッッ! しっかり飲みなさいよ、馬鹿!』

『ちょっと変なトコにお茶が入っただけだ。グチグチ言うな、お前ら』

響はニヤッと笑い俺の耳元で『次、私が出るから紗弥加にどの子が俊介か聞いといてあげるわよ♪』と小声で言った。

『チッッ。余計なお世話だ』

と俺は舌打ちをして響に早く競技の集合場所に行けと軽く拳を握った手を上げて追い払った。

サーヤの競技を見ながら同じクラスのスポーツマンらしき男子生徒を一人一人確認していった。響情報によると俊介はサッカー部のエースらしい。競技が終わり、響と智香が話をしているのが目に映った。そして智香と別れ、サーヤのクラスの生徒達と代わる代わる話をしながら進み、ある男子生徒の時にこっちをチラッと見た。
その生徒と涼さんにバレないように俺とレノンに口パクで『この子が俊介』と告げた。

『なかなかな好青年だな、俊介とやらは♪』

と俺に耳打ちをして俺の肩を叩いて

『響もあぁ見えて運動神経いいからなぁ』

と言って響が走るのを見ていた。響達女性モデル達が競技を終えてお昼休憩になった。出店に行き、買って食べる生徒もいれば弁当を広げグラウンドで楽しく話しに花を咲かせながら食べる生徒もいる。生徒に混じって保護者も出店に群がり店番の奴等はいい餌食と化していた。
っていうか、普通は高校にもなると保護者自体あんまり来ないよな……。
この学校以外は……。
サーヤと弁当を手に智香が共にこっちにやって来た。

『みなさん、どうもです。今年も混ぜて貰いに来ました♪』

『いいわよ。いっぱい作ってきたからこっちもつまんでね』

『はいっっ。ダメと言われてもつまみますッッ♪』

みんなで弁当を囲み会話に花を咲かせ、時々俺達に写真をせがみに来る生徒に愛想を振り撒きながら休憩時間を過ごした。

『ねぇ、智香。この高校で人気のある男の子ってどの子? 素材がよければスカウトするのもありよね〜? 涼さん』

『そうね〜。今時の人気のタイプを知っとくのもいいコトだもの。ね、だぁれ?』

『ん〜、今も昔もおんなじなんじゃないですか? あそこにいる少しチャラ男チックなのとか、あっちのやんちゃ系とか、後はソコにいるうちのクラスにいるサッカー部のエース俊介じゃないですか?』

ブッッッッ。

『だからぁ、吹くなっていってるだろ? ジェイ……』

レノンがため息混じりに俺に言った。
俺は胸元を叩きながら

『コーヒーが変なトコに入っただけだ』

と口元を拭った。

『ジェイ、大丈夫? 私のハンカチ使って下さい。家宝にするからッッ』

と心配しながらも期待いっぱいに目を輝かせて智香がハンカチを差し出した。

『あぁ、ありがとう』

とりあえず、智香の期待に応えてハンカチを借りるコトにしておいた。

『前から思ってたけど、ジェイって、イメージと違いすぎだよね……。紗弥加の家に初めて泊まりに行くまではクールな人だとばっかり……』

『本当はこれが地だもんな、お前は。みんな、見てくれに騙されてるんだよな。本当は天の邪鬼な馬鹿だ』

『本当よね〜♪ 素直じゃないのよね、ジェイは。私の周りのモデル仲間もみんなクールで紳士だと思ってるもん。紳士なのはレノンだけだよね』

『お前ら、覚えとけよ。特に響! お前だけはなッッ!』

『そうなんだぁ……。ちっちゃい頃からこんなジェイしか見たことないからいつもそうだと思ってた』

…………。密かにショックだぞ、サーヤ……。カッコイイお兄さんと思ってくれているとばかり思ってたのに……。

休憩時間も終わり、サーヤと智香は自分達の所へと戻っていった。俺達も何種類かの競技に参加して黄色い声援を受け続けた。最後の大トリ、男女別に生徒代表と事務所代表とのリレーだ。
俺もレノンも事務所の男性陣代表になっている。元々俺達は運動神経もよく、この歳にしても若い奴等にはひけをとらない。ちなみに響もしっかりと代表入りしてる。

『さぁ、最後の見せ場へと参りますか』

とレノンが立ち上がり俺を見た。

『よし、行くとするか。涼さん、今年は勝ってくるよ。去年のリベンジだ』

去年は奇しくも僅差で負けてしまったからだ。立ち上がって集合場所に向かおうと歩き出そうとしたら涼さんが口を開いた。

『頑張っていってらっしゃい。あんた達、今年は勝ってきてよ?』

『当然!』

とレノンと二人で声をそろえ答えた。

『素直になったっていいんじゃないの? いつまでも今のままじゃいられないんだし……。許されない状況でもないでしょ?』

静かな声で俺の背中に涼さんは囁いた。レノンもレノンでその囁きに俺の横で何も言わず微笑んでいた。俺は聞こえない振りをしながら前へと歩き出した。
振り返らずに……。
わかってる……。
今のままではいられないことくらい……。
でも、今まで兄のように一緒にいたんだ。
この関係を壊すなんて……。
いつの頃からだっただろうか……。
サーヤへの気持ちが変わったのは……。

涼さんと一緒に暮らし始めた時は学校に行きたくないと泣いてばっかりいたサーヤ。小学にあがる前に身内との別れを2回も経験してしまった。
しかも、近寄ってくるのはサーヤじゃなく、背後にある俺達目当て。
学校が終わると急いで帰ってきては涼さんに連れられて俺やレノンのいる現場へ連れてきてもらって俺達と遊ぶのが常だった。
そんなサーヤにも中学で出会った「智香」といういい友達ができた。
その頃くらいからようやく楽しそうに学校にも行くようになっていったし、涼さんに連れられて現場へ来るコトもなくなった。
それと、レノンのストーカー響がめでたくレノンと付き合い始め、居候に仲間入りをした。家に響がやって来きてサーヤは『お姉さんができたみたいッッ』って喜んでたっけ……。

高校にもなればどんな女の子もそれなりに(?)綺麗になっていくけど、ミスターとヨーコさんの娘なだけに時にはドキッとするくらいに綺麗になり始めていった。俊介というはっきりとした名前が出たから、ただ、焦っただけなのか……?
ミスターの代わりに父親の心境になってみたかっただけなのか……?

………。

違う……。

俊介なんかが出てくる前から自分の気持ちには気づいていたんだ。でも、ひとまわりも歳が違うんだ……。それに、小さい頃から俺の素行を知ってるサーヤ。そんな俺がミスターとヨーコさんの宝物に手を出していいはずなんかない……。
ある意味、昔、古典で習ったナントカ源氏じゃあるまいし……。
そんな葛藤をずっと抱えて過ごしてきた俺を長い付き合いのレノンには隠し通すコトは出来なかった……。
でも、女の勘は恐ろしい……。響にもバレるとは……。ある意味、涼さんも女の勘か……?

ミスター、ヨーコさん……。涼さんの言うように本当に素直になっていいのかな……?
俺なんかが……。
どうしたらいいんだろう……。
そんな葛藤は螺旋を描き続ける……。
兄でいる方が……。
目の前でかっ拐われる方が……?



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