トパーズ~虹と共に~〔1〕

プロローグ


雨は嫌い……。
だって、私からパパとママを連れて行ってしまったから……。


5歳だった……。


その日は風邪をひいてしまって、おばぁちゃまと一緒にパパとママの帰りを待っていた。
急な悪天候とエンジン・トラブルの為にパパとママを乗せた飛行機は墜落した。
その半年後、パパとママがいなくなってしまった私を育ててくれたおばぁちゃまも亡くなった。
おばぁちゃまの葬儀はパパとママの友人や、仕事仲間の人達がパパとママの時のように親身になってやってくれた。
パパとママの葬儀には来なかったくせに、何故か見たこともない親戚が来ていた。

私をどうするのか……


勝手に話が始まる……。


まだお葬式の途中なのに。子供ながらに見たこともない親戚の人達がとても怖かった。
聞きたくなかった。
逃げ出したかった。
空を見上げて、パパとママとおばぁちゃまの顔を思い浮かべた。そんな声が聞こえないように……。

さっきまで降っていた雨が上がって嘘のように綺麗な青空。


『……あっ、虹……』


虹のアーチをくぐるように影が近づいてくる。この世のモノとは思えないほど綺麗な…。
そこにだけスポットライトが当たってるみたいに。

『えぇっっ!?』

『あれって……!?』

『なぁに、あの非常識な……』

スポットライトに向かっていろんな声が聞こえ始める。

『サーヤ……だよね? 覚えてるかな?』

『えっ…』

『あんな人達に付いて行くことないよ? 俺がちゃんと面倒みるから。じゃないとミスターとヨーコさんに恩返しできないから』

差し出された手を私は握りしめた。涙が溢れてとまらなかった。その人は何も言わず、抱きしめてくれた。パパとママの友人や、仕事仲間の人達が私と彼を囲むように集まってきた。そして私は怖い人達に連れていかれることはなくなった。
そして、私と彼との生活が始まった。




嘘だろ……?
ミスターとヨーコさんが亡くなって半年しかたってないのに。
サーヤは?
ミスター達が亡くなったときはまだばあちゃんがいたからある意味安心だった。でも、そのばあちゃんが亡くなった。サーヤが独りぼっちになってしまう。そんなことさせるわけにはいかない。はやる気持ちとは裏腹になかなか葬儀場に着かない。
「まだか、まだか」の連絡がはいる。でも、苛々しながらも着くのをまつしかない。葬儀はミスター達の時と同じでみんながやってくれてるから問題はないはず。ミスター達の時は顔すら見せなかったくせに親戚面した奴等がきてるらしい。
そりゃ、今や大きくなり名も売れて飛ぶ鳥落とす勢いの事務所。
今までは、ばあちゃんがサーヤの後見人にだったわけだが、ばあちゃんが死んだことで、ミスター達の遺産は新たなサーヤの後見人にいくことになる。案の定、誰が引き取るって話がとんでるらしい。
なんて奴等だ。
今までなんの連絡もしてこなかったくせに……。ミスターとヨーコさんの葬儀にもこなかったくせに。

着いた頃にはさっきまでの雨が嘘のようにあがって綺麗な青空が広がってい
た。

―――サーヤは?

―――どこだ?

仲間達の姿が目にはいる。その少し先にサーヤがいた。

『サーヤ…だよね? 覚えてるかな?』

―――3歳くらいまでしか一緒にいなかったしなぁ。驚くよなぁ……。俺みたいなえたいのしれない外人に話しかけられたら……。

『えっ……』

でも、あんな金の亡者達にミスターとヨーコさんの宝物を渡すわけにはいかない。

『あんな人達に付いて行くことないよ? 俺がちゃんと面倒みるから。じゃないとミスターとヨーコさんに恩返しできないから』


差し出した俺の手を握りしめて、目にいっぱい涙ためて……。抱きしめたら、みんなも集まってきた。

―――確かに、子供なんて育てたこともないし、自信ないけど、ちゃんと守るから。ミスター、ヨーコさん、俺じゃぁ心配かもしれないけど……。みんなもいるから。
ちゃんと見守っててくれよ?

そして、サーヤと共にミスター達と暮らした懐かしい家に戻った。



≪1≫

【1】



綺麗な影は「ジェイ」だった。
うっすらとパパとママ、おばぁちゃまと一緒に暮らしたことがあったことを思い出した。
パパとママの事務所のモデルさんで、ママをナンパ(ってなんだろぉ?)したのがパパ達との出会いだったって言ってよくジェイをからかってたのが印象に残ってた。
全部終わってみんなで家に戻っていろんな思い出話をした。私の知らないパパとママの話を聞くのが楽しかった。事務所をみんなで立ち上げた時の苦労話。私がママのお腹にいるってわかった時のパパのとんでもないくらいの喜んだ姿。子供だし、わからないことだらけだけど、でもみんな笑ってて、本当に楽しかった。
私も話しに加わりたくってふと思い出したコトを言ってみた。

『ジェイがママをナンパしたのが始まりなんだよね?』

『………………』

『初めて聞いたぞ〜、そおだったのか〜?』

『まっせたガキだったんだなぁ〜』

『一樹も遙子もそんなコト、一言も言ってなかったわ。ヨーロッパに遅い新婚旅行に行った時に原石見つけたから口説き落として連れて来たって言ってたわよ』

そう言って驚いたのはパパ達の後を引き継いでパパ達の葬儀もおばぁちゃまの葬儀も先頭にたってやってくれた谷原パパ。
パパの学生時代からの無二の親友で、パパに一目惚れしたのがきっかけだってよく言ってた。だからママを紹介された時はショックで1週間泣き続けたって言ってた。でも、その後ママとも意気投合しちゃって、自分がゲイだって。
で、パパが好きだったってパパとママにカミングアウトしたんだって。ママはなんとなくわかってたって言ったけど、パパはびっくりして椅子から転げ落ちたらしいけど、

『幸せものだな、俺』

って笑ってたって。
その頃から開き直って(?)オネェ言葉になったらしい。

『今まで言葉が出ないように頑張るのが辛かったわぁ』って。

本当はパパって呼ばれたくないらしいんだけど、子供の私にそんな繊細な乙女心(?)がわかるはずもなく、「谷原パパ」で定着しちゃってた。何度か「せめて涼(谷原パパの下の名前)ちゃんに……」って頑張ってみたらしいんだけど、無理だったらしく、諦めたらしい。

『一樹に近づいたみたいで嬉しいわ』って。

ごめんね、谷原パパ。頑固者で……。そんな頑固者の私も時と共にみんなが「涼さん」って呼ぶから「涼パパ」に移行したんだけど……。

『………サーヤ、頼むよ〜、それだけは内緒にしてってミスターとヨーコさんにお願いしてたのに……』

そおだったんだ。よくパパとママがジェイをそぉ言ってからかってたからみんな知ってるのかと思ってた。

『ごめんね、ジェイ』

って謝るとみんなが

『紗弥加ちゃんが気にすることないよ〜』

『こいつの素行を考えたらありえる話だし』

『あんた、生意気よ。一樹から遙子を奪えるわけないじゃない。あんたが奪えてたらあたしだって一樹を遙子から奪えたわよ』

って谷原パパがジェイの頭をこついてた。

『涼さん、ジェイとタッグ組めばよかったんじゃない?』

『あっ、本当だ。そしたら涼さん、一樹さんと添い遂げられたかもよ?』

『あら、本当ね〜、失敗したわぁ』

『………そしたら紗弥加はどうなってたの? パパとママの子供じゃなくなってたの?』

って半泣き状態になったら

『冗談よ〜。紗弥加は一樹と遙子の宝物よ〜。これからはジェイを始め、この谷原パパもみんなも紗弥加のコト、守っていくから安心しなさい』

『ジェイだけじゃ心配きわまりないしな〜』

『ひっでぇなぁ、みんな。』

って頭をかきながら言ったあと、私の肩をしっかり持って

『でも、俺、仕事で海外に行くコトも多いし、いっつも一緒にいてやれるわけじゃない。
でも、絶対に守っていくから』

って私の目をじっと見つめて言ってくれた。谷原パパが難しい顔をして何か考えてた。で、考えがまとまったみたいで口を開いた。

『そうよね。あんたが海外に仕事に行っちゃったら紗弥加は独りになっちゃうじゃない。私もココに移るわ。事務所ごと。そしたらいつでも紗弥加の様子をみれるし。
紗弥加はどお? 谷原パパもココに住むって言うのは』

優しい目で私を見つめながら言ってくれた。

『そしたら紗弥加は独りぼっちにならない?』

『そうよ。事務所もうつしちゃうわけだからみんなも来るわ。賑やかになりすぎる時もあるけど、誰かしら紗弥加のまわりにいてくれるわ。それに、私の料理の腕前、知ってるでしょ?』

って優しい笑顔でウィンクして言った。

『うん。うん』

言葉にならなくって、涙でもう前が見えなくって…。 谷原パパもうっすらと涙を浮かべながら私をギュッと抱きしめてくれた。泣き疲れてしまった私をジェイが抱き抱えて私をベッドまで運んでくれたのをうっすらと覚えてる。ジェイの胸に綺麗な琥珀色の石の付いたネックレスを見て

『……きれい……』

って言ったら

『初めての仕事の時に記念にってミスターとヨーコさんがくれたんだ。
「ジェイと出会えたってことへの僕達からの感謝の気持ちだよ」って。だから、これだけはどんな撮影の時でも外さない。これを着けてるから頑張れるんだよ』

って少し照れながら綺麗な笑顔で言ってた。




≪1≫

【2】



ヨーロッパの片田舎にある孤児院で育った俺……。親の顔は知らない。シスター達いわく院の門に置かれていたらしい。この世のモノとは思えないほど綺麗な赤ちゃんだったらしい。
まっ、今でも「この世のモノとは思えないほど綺麗な…」ってトコは変わってないが。
どうやら赤ん坊だった俺が日本の御守りを持っていたらしく、日本人とのハーフなんだろう……ってことらしい。天使の様な子供だった。見た目は……。でも、正直、誉められたガキじゃなかった。
シスターもよく学校に呼び出されてた。
にもかかわらず、シスター達からは可愛がられた。この容姿だし、モテない訳もないけどな。この容姿だし、街に出れば逆ナンは当たり前。素人じゃない人達にもよくモテた。俺の為ならいくらでも?なんて女は山ほど。
何故か俺の知らないところで痴情沙汰……なんてことも珍しくなかった。
まだ11歳の俺相手に……。
日本人は嫌いだ……嫌いだった。俺を捨てた母親(父親かもしんないけど)が日本人だったからかもしれない。だから日本人観光客っぽいやつ見つけるとひっかけてやるんだ。噂通り欧米人には弱いらしく、笑顔で話しかけるだけでホイホイ付いてくる。で、さんざん貢いで頂いてとんずらしてやる。
その頃はまだガキだったし、イタズラ的な可愛いもんだけど、その頃の俺にしてみれば「してやったり」って感じだった。

『お姉さん、観光なの? 僕が案内してあげようか?』

笑顔を添えて。

『そうよ、観光しにきたの。日本語、上手ね。でもいらないわ』

初めてだった……。俺の誘いにのらない日本人観光客。
カチンときた。
―――何でだ?何で誘いにのらない? 俺が誘ってるのに? 日本人観光客だろ?

『お腹空いてるんだよね〜、穴場の美味しいトコ知ってるんだ』

『ドコにあるの?』

―――なあんだ、やっぱりのるんじゃん。

『こっから15分程歩くけど、いいよね?』

『どの辺りなの? 教えてくれれば自分で探すわ』

―――何故だ。何でだ? 俺の何が……。

クスクス……。

―――?

彼女はクスクスと笑いながら、少しすまなそうに俺に言った。

『ごめんなさい。ナンパしてくれてるんでしょ?』

なんて答えたらいいのか、何故か頭ん中がうまく回転しなくて、どうやって、どうしたらいつもの様に俺のペースにもっていけるのか。 そんなコトを考えながら頭をフル回転させてた。

『ごめん、ごめん。待った?』

『そんなに待ってないわ。この少年と話をしていたから』

―――だぁぁぁぁぁッッ!! 男連れかい!!
だからか? ……いや、今ままでもそんな状況でも関係なくおちてた。

『この近くに美味しいお店があるんですって』

『じゃぁ、そこで夜ご飯にしよう。行こうか』

そんな会話が流れてた。初めてフラれた(?)コトでぼんやりしてたら…。

『行くわよ? 少年!
君が案内してくれなきゃお店がわからないじゃない? 早くおいで』

『あっ、はいっっ』

完全にてんぱってしまってた。
なんでだろう……。
初めて会ったのに……。
嫌いな日本人なのに……。
俺は自分のコトをベラベラと話していた。

『僕達と一緒に日本に来ないか? 僕達とモデルの仕事をしてみない?怪しく聞こえるかもしれないけど、どうかな?』

何故か俺は頷いていた。
彼らはディナーを終えたその足で俺がいた孤児院に行き、シスター達に話を通してくれた。
彼らの身元確認や、出国手続き等、色々面倒な手続きをしてくれた。
そして数日後、俺は11年間過ごしたこの土地と別れた。

日本でミスターとヨーコさんとの生活が始まった。家族のように、友達のように……。大嫌いだった日本人。彼らのお陰でそんな感情も嘘のように消えていった。
モデルを始めた。彼らが始めたモデル事務所の第一号でもあった。日本で暮らし始めたその年に2人の間に愛娘が産まれた。 3年間、彼らの元で家族同然に暮らした。
ミスター、ヨーコさん、ミスターのお母さん、そして愛娘のサーヤ。
どれだけ感謝しても感謝しきれない。あの日、出会わなければ俺はたいした人生を送ってはいなかっただろう。モデルを始めて名前が売れ始めるのにそう時間もかからなかった。ミスター達はずっとココに居ればいいと言ってくれたけど、甘えてばかりはいられないと思って中学を卒業と同時にミスター達と過ごした家を出た。
只し、近くに住むという条件付で。
俺の名前が売れ始めるのと同時にミスター達の事務所も軌道にのっていった。日本を飛び出して仕事をすることも多くなった。時間を見つけてはミスター達の家に顔を出した。
俺の唯一帰る場所だから。
そんなミスター達の訃報を聞いたのはヨーロッパでショーに出る為に行っていた時だった。
穴を空けるわけにはいかない。ミスター達の事務所の名を汚す訳にはいかない。本当はすぐにでも日本に帰りたかったけど、ショーに全力を注いだ。
ネックレスを握りしめた。気持ちをショーに集中させるために…。
初めて仕事をした時、柄にもなく緊張してガチガチになってた俺にミスターがそっと差し出した。
それは琥珀色の石の付いたネックレス。

『ジェイと出会えて本当に感謝してるんだ。これは僕達からの感謝の気持ちだよ。これからもジェイは家族の一員だよ』

その言葉に涙が出そうなくらい嬉しかった。俺の方が感謝の気持ちでいっぱいなのに……。

 『それに、しっかり稼いでくれないとうちの事務所もつぶれちゃうしね。この仕事はジェイにとっても、事務所にとっても初仕事になるわけだし、実のところ僕達もドキドキものなんだけどね』

って照れくさそうに渡してくれた。
それ以来、このネックレスは外したことはない。いつしか俺のトレードマークになっていた。仕事に入る前には必ずこの琥珀色に輝く石を握りしめる。儀式のように……。
事務所はミスターの無二の親友で共同経営者でもある谷原さんが引き継いだ。同じ事務所のモデル仲間も、事務所の人達も本当にいい人達ばっかでミスター達の人柄がよくわかる。
本当に感謝してます。たった6年間しか一緒にいれなかったけど、ミスター達にお世話になったこと、絶対に忘れません。
事務所もサーヤも、みんなで守り続けるよ。
ばぁちゃんもサーヤのコト、心残りだったと思う。
ばぁちゃんの分もちゃんと守るよ。だから、見守っててくれよ。
ミスターとヨーコさんとばぁちゃんのお墓の前で琥珀色に輝く石を握りしめながらそう誓った。



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