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音楽もまた人の心に巣食う怯懦や、非情を滅ぼすためにある

「おやすみラフマニノフ」読了
中山七里 著
宝島社 2011/9/6
372頁

秋の演奏会を控え、第一ヴァイオリンの主席奏者である音大生の晶は初音とともに、プロへの切符をつかむために練習に励む。しかし完全密室で保管される、時価2億円のチェロ、ストラディバリウスが盗まれた。彼らの身にも不可解な事件が次々と起こり……。ラフマニノフの名曲とともに明かされる驚愕の真実!美しい音楽描写と緻密なトリックが奇跡的に融合した人気の音楽ミステリー。

「このミス」のピアニスト岬洋介シリーズ。
順番的に言うと「さよならドビュッシー」に続く第2弾、ということか。
今回の岬洋介は愛知音楽大学の臨時講師としてストーリーに登場。

今回は殺人事件ではなく、密室で時価2億円の名器、ストラディバリウスのチェロが盗難するという事件からスタート。音楽にはとんと疎いので、ストラディバリはバイオリンだけなのかと思ったら、作り手の名前なのでチェロもあるんだね。

城戸晶という、音大4年生のバイオリン弾きが主人公。
彼の音楽との向き合い方、家族、生活、未来。そんなものをおりまぜにしながらストーリーが紡がれる。

起こるべくして起こった事件、各人の気持ちや背景が細かく散りばめられているので、ラスト付近の伏線回収は、毎度のことながら圧巻。そうか、そういう意味であんな風に書かれていたのか、と。
そして、シリーズの特徴である「音楽を文章で奏でる」方式はこの本にも。
本を読んでいると曲のイメージが膨らむので、ちゃんとその曲を聴きたくなるのです。Youtubeとかで検索してBGMで聴きながら読むのがよい、と2作目にして気づいた。

中山先生の本は、本当無駄がなくて、ちょっとした叙述が事件解明のヒントになっていたりするので、それを思いながら読むと面白さ倍増。

「信用と信頼は似て非なるものよ。信用はその人の性格に関することで、信頼は能力に対すること。」

この表現は中山七里先生のほかの作品にも登場する。
月並みですが、オーケストラも会社での仕事もチームプレイ。信頼して仕事をともにするけれど、信用とそれはまた別の話。少し寂しくドライでもあるけど、ちょっと救われる考え方ではある。今の私にはね。

音楽を選ぶ人、音楽に選ばれる人。才能に恵まれた者、そうではない者。働くってなんだろう、生きるってなんだろう…っていう疑問に、岬洋介は自分の生き方とこんな言葉で答える。

「こうしている毎日はさ、実は取捨選択の連続なんだよね。何時に起きるのか。何を食べるのか。何をして過ごすのか。そして何を目指すのか。その幾つもの選択の集積が現在に繋がっている。そして大抵の人間は不器用で、何かを選択したらそれ以外のものを捨てなければならないようになっている。その捨て去ったものに責任を果たすためには選んだものを大事にするしかない」

でもそれがもし、選択ミスだったら?という問いに、とても清々しい答えをしてくれるんだけど、それはぜひ、本編を読んでいただきたいと思う。

そうそう…。
岬洋介…こいつもイケメンなのか…。
しかし、彼は単なるイケメンではなく、ちゃんと影もあり、Mr.Perfectじゃないところが好きなんだな、これが。危うさを伴う男はセクシーなのだ。
「Good Sprit!」


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