【連載小説①】チョコレート・ボックス

夢を見ていた。
つい、さっき。

どんな夢だって?
そういうの、僕はすぐに忘れちゃう。

あ、でもなんとなく思い出した。どこにもない場所にたどり着く夢だった気がする。

どこにもないのにちゃんと行き着く、ってなんか変。

大学に行かなくなってから二週間が経っている。先生とか友達とか、色んな人からたくさんメールがきて、いまでも僕はそれを返せないでいる。

だから心の中で返事をした。

「大丈夫、僕、ちゃんと元気です。ただ、なんとなく、一人になりたくて」


僕には一人になりたい時期がある。

そんなことをこぼすと、よく言われるんだ。見た目からは全く想像できないって。

「えっ、おまえ太陽みたいなのに。なぎさって根暗なのか?」って、よく言われる。

別に根暗ではないと思う。

ぜんぜん話変わるけど、そういや、何かの映画で「チョコレートボックスは開けるまで中身が分からない」みたいな、そんな言葉があった。

簡単に言っちゃえば、つまるところ人生はチョコレートボックスみたいだよってこと。

僕のいま、って何味のチョコレートなんだろう。

「お、久し振りだ。なぎさは元気してたか?」

「僕は元気なんですが、最近学校に行ってません」

「おお、そうか、それは良かった」

「良いんですかね」

マスターはなんともない顔をして、当たり前のように返事をする。

僕の方が驚いちゃう。

だって、学校に行かなくなってから、僕は一度も染めたことのない黒い髪の毛を金に染め、服装だってがらっと変えてしまったのだから。

時々思う。マスターはたとえ今日僕が女の子の格好をしてお店に遊びに来ても、なんにも言わないんだろうなって。

「僕、なんだか一人になりたくて。友達とか先生とか、一体何なんだ、って思えてきちゃって、しばらく一人になろうと思います」

「いいじゃないか。一人はいいぞ」

マスターは適当に返事をしながら、グラスにマッカランの水割りを作っている。

夏の夕陽みたいな色をして、波打つ。

「はいよ」

「ありがとう」

僕はどちらかというと普通よりもおしゃべりだ。

それだけに、時々一人になるのが好きだと言うと、周りの人たちは驚く。

でもマスターだけは違っていた。

マスターは僕の長いおしゃべりに、いつも適当な返事を返す。

思い切り、短く。

だいたい「そうだな」とか「いいじゃないか」とか「なるほどな」とか、そんなことを言っている。新聞紙をまるめたような顔をして、弾んだ声で。

ちゃんと聞いてないんじゃないかなって思うけれど、僕にはそのくらいが、ちょうどいい。

「僕これからどうしよっかなって思ってて。こういう時ってみんなふらっと旅に出るけど、僕はしません。それだけは決めています」

マスターが突然、顔をくしゃくしゃにした。

ひとこと言って、笑う。

「なぎさらしいな」

この店にはじめて立ち寄ったのは去年の夏だった。

そんなことを思い出しながら、しばらく沈黙しながら、なんとなく物思いに耽りながら、僕はマッカランを飲み干した。

「マスターありがと。また突撃する」

「またな」

そう言って僕は手を振り、マスターもこっちを見て右手でグーサインを出す。

外に出るとすっかり日が暮れていて、月の光で夜道が白く光っていた。

月へと続く道みたいだと、そんなことを想像した。

夜の道を歩いていると、なんだかちゃんと一人になれている感じがした。僕は夜が好きだ。

そんな道すがら、ふと思った。

ところで僕はどこに向かって歩いているんだろう、と。朝が来たらどこにたどり着くんだろう。というか、僕のもとに朝なんてやって来るんだろうか。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?