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㊗️一人暮らしして一年

こんにちは。
有咲京香です。

そろそろ、私がここの土地に一人暮らしをして、やっと一年が経ちます。

ここの土地に来てから、
同じ季節をすごしているのに感じることは地元のときとは打って変わって違っていて、
長かったような、あっという間な、、、?
そんな気持ちです。


色々な方と会うたびに、
その歳で一人暮らししてるの?!
凄いねとか、

どうして?なにかあったの?て聞かれますけれど、いつもはそこまで深く答える時間もないので当たり障りのない返答をしているかと思います。

ですけど
ある人におらが一人暮らしをしていることに対して、
何かあったからきっとそうしているんだろうね?と言われ、
ほほぉ。そう思うものなんだな。と感じました。

話せば長すぎるのですが簡潔に言うと、
・長野で仲居さんをやった貯金がたまったこと

・いつまでも支えてもらっていてはいけない。
一人で生きていかなきゃ行けないんだと思ったこと。

・人生の主導権は自分で握っていたい。
誰のせいにもしたくないし、責任も自分がとってやる。って思ったからですかね。


本当はもっともっとたくさんのことがあって、
とっても大変な時期だったと思います。

今ふりかえっても、あの時期はとても目まぐるしい日々でした。


だれにも迷惑かけまい!と一人で部屋を見つけて、内見もせずすぐに契約して必要なものは自力で買って、住んで。

親からの仕送りなんてものは無いし、
帰る場所なんてもうなくて。

実家はどこ?ていつも聞かれるのですけれど、
当時は「実家」= 親が住んでいるという概念で言うならば、
おらにはもう実家と呼べる場所が無くなってしまった気がしてすごく心細くて、寂しかったです。

※当時は兄と二人暮し 家族仲は円満 母は北海道


引っ越してからは、しばらくダンボールに囲まれ
カーテンはなかったので厚めのコートをカーテン代わりに。

鳩はまだ元の家におりまして、
バイトも一人暮らし初めて同時に変えたものですから、心身ともに不安定でした。

あの頃は、
夜遅くのフレンチ料理屋さんのバイトが終わり、帰ってくる途中、毎日のように歩きながら号泣😭

昼間はフレンチ屋さんで接客をして
楽しくていっつも笑顔になれていたのですが、
やっぱりハトちゃんがいないのが寂しくて寂しくて。

もうこちらの土地には自分のことを知っている人もいなければ、
何かあったときにすぐに駆けつけてくれる人もいない。

そんな心細さで毎日毎日帰ってから大泣きしてました😭

毎夜に嗚咽が止まらないくらい泣き、
とうとう元気を無くしてしまったときに、

偶然泊まりに来てくれた仲居さん友達のさゆりちゃんや、
おらの気持ちを汲んで鬼滅の刃のキーホルダーをコンビニで買ってきてくれた兄、
おらがお風呂に入るまで家にいてくれた家族

フレンチ料理屋さんで色んな人がおらのことを面白がってお話してくれて、
おらのこと見えてるんだ👻みたいな、
なんだか少し居場所を感じられて、

明日は楽しみだなと、思える日々が続きました。

ハトもおらと離れたあとからしばらくして元気がなくなってしまったようなので、元いた家からは連れてきて、

これからは一緒にいようねぇ
最初はハトちゃんが死ぬまで一緒に家にいるって約束したのに、先に地元からでてごめんねぇ😭
寂しかったねぇ、やっぱりおらたち一心同体だもんねぇと号泣しました🥲

そこからは、ハトもおらも元気を取りもだしたかのように、めっちゃ元気で笑笑

なんだか懐かしいなぁ、おらよく頑張ったなぁと涙が出ます🥲🥲


今でも、あの時期に関わってくれた人たちにすごく感謝しています。

あのとき聞いていた曲に今でも救われていたり、
あのときにおらと仲良くしてくれたから、今のおらがあると言っても過言じゃないです。

というか、それがなかったら今おらはもう生きてないと思います。おほほ。

だから、きっとそのときに関わってくれた人には自覚がなくても、いつまでもおらは感謝し続けています。

ありがとうございます。💐

ということで、来年もハトと長生きできますように🍀*゜

元気を取り戻した当時のハト🕊✨️
クレームブリュレ🍮
兄がおらが寂しくないようにと、鬼滅の刃のくじを。


長いのに読んでくれてありがとう📕
ではまた✿ᵕ̈*❁

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