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14日間の軟禁生活がスタートしますよ

2020年3月20日(金)

【Day1】

シドニーに着陸したのは9時ごろ。

機内で「セルフアイソレーション」についての注意書きを渡されたものの、入国自体は拍子抜けするほどあっさりと済んだ。

通常と比べて暇なのか、談笑する空港スタッフが全員マスクをしていることだけが、新型コロナウイルスの影響を感じさせる要素だ。外に出ると、初秋とは思えない日差しで気温はすでに30度を越していた。

唖然とするほど大量の荷物を快く積み込んでくれたタクシーの運ちゃんが「マーケットストアには何にもないんだ、全くクレイジーだよ」と陽気に話すかたわら、「サニタイザーで消毒してくれ」とアルコールを差し出してくる。

このあたりに、人々を脅かすコロナの目に見えない圧力を感じざるを得ない。何しろこの運ちゃん、どう見てもそんなことを気にするタイプには見えないのだが、その手にはビニールの手袋まではめられているのだ(まあ、単に会社の決まりになったことを忠実に守っているだけなのかもしれないが)。

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空港から走ること約20分。

アッコの会社が取ってくれたエアビーは、クロウズネストの一角にひっそりと佇む4LDKの一戸建てだった。ここで14日間の軟禁生活が始まる。

1LDKに5人で住んでいた我々にとっては天国のような環境だが、広いとは言え、果たして2週間外出しないというのはどんな気分なのだろうか?何しろインフルエンザに罹患した時だってせいぜい軟禁されるのは5日間なのだ。健康体で2週間軟禁となると精神的にツラいだろうな、ということだけは想像がつく。

そして、当座の問題は食事だ。

ホテルではないので、当然食料は自分たちで調達する必要がある。昼食はウーバーイーツでピザを頼んだものの、パンやら水やら肉やら野菜をある程度ストックしないと、流石に14日間過ごすのは厳しい。

空港で「セルフアイソレーション」のポリシーをスタッフに確認するも「Don't go outside as much as possible」としか指示されず、食料の買い出しのために外出することに対する明確な線引きはない。

ネットスーパーなどを利用してうまくやれ、とも言われたが、実際にオーダーしようと試みたところ最短のお届け日は3月27日。アマゾンでの買い物に慣れてしまった今や、これは購買体験としては最悪の部類と言わざるを得ない。

しびれを切らしたアッコが、やおらエコバックを掴んで肩にぶら下げた。

「行ってくる。死ぬよりマシ」

そう言い残し、まるで得体のしれないモンスターに支配された街へと繰り出すヒロインがごとく、アッコはドアの向こうへ消えていった。

「自分で持てる必要最低限の量でいいから、何かある前にすぐに戻って来なよ」

僕はアッコの背中にそう声をかけて見送ったのだが、はたして30分後にライン電話の着信音がなった。

「持ちきれないから迎えに来て——」

——うむ、完璧に予想通りの展開である。

遊びに行くのではなく、食料調達の手伝いに行くだけだ。いきなり警察に捕まることはないと思いたいが、信じられない金額の罰金(5000ドルとか)を支払うのはごめんだ。

極力アジア系のローカルに見られるよう、靴ではなくビーサンをつっかけて手ぶらで外へ出る。日本では高めの身長と怪しい見た目が災いしているのか、職質を受ける回数が多すぎる気がするのだが、幸いオーストラリアでは190cmの身長も髭面も全く珍しくはない。

念の為、注意書きの指示通りマスクを装着していたが、ふと、バス停に腰掛ける中年女性がやけにこちらを凝視してくるように感じた。

その視線に居心地の悪さを感じ、周りの通行人を見ると、マスクをしている人間など皆無だ。逆にマスクの存在が余計なアピールをしてしまっているのではないのか?出来るだけ堂々と歩いていはいたが、内心はビクビクである。

ありがたいことに地元のスーパーマーケット「コールズ」は、宿泊先からほんの徒歩3分の距離だった。徒歩3分の距離だからこそ許容できる山のような食料を持つと、少し軟禁生活の実感が湧いてくる。

「すごいの見せてあげようか」とアッコが僕に向けたスマホの画面には、SNSやニュースでよく見る、何も陳列されていないスーパーの棚が映し出されていた。

まだ不安という不安は感じていないが、14日間だけでなく、はたしてこの先この国で無事に過ごせるのだろうか。

とりあえず、オーストラリアで市販されているクラフトビールの美味しさに改めて感動しつつ、1日目を終えることにする。

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