トイレットペーパー・クライシス
2020年3月26日(木)
【Day 7】
アッコに叩き起こされ時計を見ると、すでに8時を回っていた。
しまった……
7時のアラームはスヌーズごとオフってしまっている。こんなに毎日何もせず、早い時間に就寝しているというのに、なぜ7時という通常の時間にすら起きられないのか自分でも理解に苦しむ。
アッコは憤懣やるかたない表情で顎をしゃくる。僕はベッドから抜け出すと、顔も洗わずそのまま外へ飛び出した。まだ開店から5分だ。可能性はある——
なぜここまで焦っているのか?それは、みんな大好きトイレットペーパーのためだ。
我が家のトイレットペーパーはすでに残り2ロール。トイレは2室あり、それぞれの個室に1ロールずつ、どちらも随分と痩せた状態で残っている感じだから、実質的には残1ロールだろう。5人中女性が4人の我が家では、普段なら1日強でなくなる量だ(普段が節約できてなさすぎだけど……)。
アッコは一昨日ついに「トイレットペーパー緊急事態宣言」を発令し、一回の使用は2ミシン目までと定められた。
——決して走りはしないが、だいぶ早歩きでコールズを目指す。コールズが見えてくると、そこへ向かう人々は全員平静を装いつつ競歩状態である。こいつはやばい。さらにスピードをあげてエントランスへ向かう。
開店から10分も経っていないというのに早くもコールズから吐き出されてきた人々の手には、神々しく輝きを放つトイレットペーパーがぶら下がっている。
これは、まだある!?
一気に鼓動が高まる。トイレットペーパーで鼓動が高まるなんて、生まれて初めてだ。オイルショックの時の人々もこんな感じだったのだろうか?
僕と同時にそれを見ていた周囲の人々のペースもグンと上がる。
コールズのトイレットペーパーの棚は、だだっ広い店内の入り口から一番離れた奥にある。なんていう購買体験の悪さ。日本のスーパーやドラッグストアなら、争奪戦となることがわかっている商品は入り口付近に陳列することだろう。
平静を装った早足の人々は、マラソンのようなちょっとした集団を形成し、青果売り場や精肉売り場には目もくれず、まっすぐと店内奥へと向かう。
店内で商品を吟味する買い物客も全員、すでにトイレットペーパーをカートに放り込んでいる。開店と同時に真っ先にトイレットペーパーを掴んでから、ゆっくりと食料品の買い物を堪能しているのだろう。
くっ、あの、乳製品のストッカーの手前を曲がれば、そこにはあるはずだ。念願のトイレットペーパーが……
僕も含んだ早足集団は、立ち止まることなく、ややペースを緩め、空っぽになった棚をちらりと一瞥し、あるものはそのまま食品売り場へ、あるものはスマホを取り出しおそらく家族へ報告の電話を入れ始めた。
中には、トイレットペーパーの隣が棚となっているオムツの山に反射的に手を伸ばしてしまうものもいる(確かに、置いてあるポジション的に紛らわしく見える)。
僕はといえば、寝坊した自分自身を恨みつつ、呆然と棚の前に立ち尽くした。やはり、開店前に並ばないとダメなのだ。今日はコールズまで徒歩1分という圧倒的なアドバンテージを完全に殺してしまった。
日本のトイレットペーパー不足はデマから始まったとされているが、ほんの1ヶ月で世界の情勢は変わった。ほとんどの国の人々がしばらく家に閉じこもるのだから、トイレットペーパーは世界中で本当の品薄必需品となった。
イメージ的に、オージーならトイレットペーパーごときに開店前から並ぶことなどしないのでは、と淡い期待を抱いていたが、それは大きな間違いだった。
明日は、開店30分前からの「並び」を固く誓って、目覚ましをセットする。
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