家の「決め手」を決める
2020年4月16日(木)
【Day 28】
「ハイ、アキコ。オーナーがタウンハウスをあなたに貸すことを決めました。おめでとう、成功よ!この良い知らせを聞いてきっとホッとするわ!今夜は家族でお祝いしてね!」
テンション高めのメールがアッコに届いた。リロケーションをサポートするエージェントからだ。とにかく家探しを強引にでも終わらせようという意識が透けて見える。
しかし、この時点ではもう1軒の内見が残っていた。そして我が家(主にアッコ)はまだ迷っていた——
2週間前に犯した過ち
2週間前に始めた家探し、実は初日に見た中にアッコが気に入った家があり、一度はアプライしようとしたのだが、タッチの差で他人の手に渡ってしまったのだった。内見後即アプライしていれば間に合っていたはずだった。しかし、不覚にも一晩寝かせてしまったことが原因である。
アッコ曰く、その日のうちにアプライしなかった理由は「おとうのテンションが上がらなかったから」。
「えっ?アッコが好きならいいんじゃないって言ったじゃん」
「もっとノリノリになってくれないと。そしたらアプライしてたのに!」
イヒーー!?
僕はカツオに無茶振りされたマスオさんのような気持ちになったが、反論の言葉は飲み込んだ。確かに僕の推し物件は違うものだった。
※詳細は4/3の日記参照
しかし、過去の経緯を踏まえるとアッコが気に入らない限り家は絶対に決まらない。だからこそアッコの気持ちを優先したつもりだったし、逃した家も悪くないとは思っていたのだ。
結果的に、その「アッコにおまかせ」な姿勢がよくなかった訳である。
イニシアチブはアッコに。しかし、完全なる受け身や他人事はNG。我が家における円満の鉄則はこのバランスの上に成り立っていることを改めて思い知らされた。
それ以来、細々とインスペクションは続けてきたが、やはり逃した魚は大きく、どこを見てもそれを超えると思える物件にはなかなか出会えていなかった。
密かに「推し」だったタウンハウス
そんな中、新たにエージェントから追加されたいくつかの物件の中に、次女と三女が入学予定の学校から激近のタウンハウスを発見した。最近フルリノベーションされたというその物件は、サイトに掲載されている写真もなかなか良さそうだった。他ではなかなかお目にかかれないヘリンボーンの古材風フローリングが特に眩しい。3ベッドルームと間取りも申し分ない。しかも、マップを確認するとハリスファームマーケット(スーパー)が徒歩3分の場所にある。
これは大本命だろう。
次女と三女を毎日小学校に送るのは僕だ。しかも三女は歩くのが嫌いと来ている。スーパーへの買い出しも担当は主に僕だ。たとえアッコが買い物に行ったとしても、買いすぎて荷物運びに呼び出されることは目に見えている。
これらを考慮すれば、この価格帯でこの物件は出物と考えていい。
しかし、アッコが気にいるかどうかは別問題ゆえに、僕はあくまでも控えめにその物件を推した。もしアッコが気に入らなければ平静を保ったまま引き下がる、気に入れば全力でノリノリになる。こちらから意見を出し、イニシアチブはあくまでアッコ、という図式を徹底するのだ。
「ここ、かなりいいんじゃないかなあ、学校のことを考えれば。スーパーも近いし」
「うーん、おとうはすぐにフォトショップに騙されるからね。クリエイティブが仕事のくせに」
案の定、初見ではアッコのノリはイマイチだった(ずっと広告畑にいるのに、レタッチに騙されやすいのは否めないのだが)。
「まあ、一応、見ておこうか」
テンションは低いものの、アッコはインスペクションを承諾し、そしてその3日後に物件を見に行った。
中を見ると、アッコのテンションがやや上がった。真新しい内装はほぼ写真のイメージ通りで、広さも申し分ない。キッチンやバスルームの造作も全て新しく、アッコの中でポイントが上がった。
そして、ツバを付けておく意味でアッコはアプライを決めたのである。おそらく今宿泊しているエアビーの期限や、こちらの人の「即決力」(提案された物件が片っ端からあっという間に埋まっていくのだ)を目の当たりにしてきたことも大きいだろう。そろそろ引越し先を確保しておかないと路頭に迷う可能性があるからだ。
しかし、アッコはやはり物件のロケーションにあまり納得がいっていない様子だった。確かに学校は近いが、その物件から、魅力的なカフェやレストランが立ち並ぶクロウズネストの中心部まではやや距離があった。アッコは以前から都会が大好きなのだ。
僕たちに、もうあまり猶予はない。アプライした物件が合意された場合、直ちに手付金を支払う必要があるからだ。
最後の刺客
——そして今日の13時、エージェントから冒頭のメールが届いたのである。
残り一軒のインスペクションは今日の15時からだった。
物件としては相当年季が入っており、前もって外観を見たアッコはそれほどテンションを上げていなかった。しかし、夢屋から4分(つまりクロウズネストの中心までも10分圏内)、小学校、中学校それぞれ10分圏内という立地的には最高のタウンハウスだったから、まあ、一応見ておこうかというノリだった。
そして16時。インスペクションを終えた僕たち(主にアッコ)は本当に悩んでしまった。
その家は、年季こそ入っていたが、なかなかどうして居心地の良さそうな雰囲気を纏っていた。リビングが格段に広い。庭も広く、タウンハウスにしては珍しくガレージに直結している。3ベッドルームで、それぞれの部屋も大きい。2回には広いウッドデッキのテラスがある。
「どうせなら、もっと全然イケてない家だったら即決できたのに……」
最後のインスペクションは、アッコ的には踏ん切れない気持ちに諦めをつけて、アプライした家に決めるためのものという位置付けだったのだ。
それぞれのプロコン
【アプライした物件】
pros
・小学校近い(3分)
・ハリスファームマーケット近い(5分)
・アッコの会社徒歩圏内(20分)
・フルリノベで部屋が綺麗
・ヘリンボーンの床
・明るい
cons
・中学校遠い(20分)
・街の中心地まで遠い(15分)
【最後に見た物件】
pros
・ウールワース&夢屋近い(4分)
・その他街の中心地近い(5分)
・小学校まあまあ近い(10分)
・中学校まあまあ近い(10分)
・リビング広い
・ガレージ庭から直結
cons
・内装が古い(汚い)
・やや暗い
まとめると、アプライした物件は部屋がいい感じ、最後に見た物件は立地がいい感じという天秤である。
ちなみに個人的にアプライした物件は「ホームブルーイング専門店まで歩いていける」「ラーメン屋が近い」というprosがあるのだが、これは全面的に押し出さないよう気をつけながらアッコと会話をする。
「悩むね〜〜〜!!」
プロコンの足し算引き算では両物件は引き分けに見える。しかし、アッコとしてはウールワースをはじめ街の中心地に近いということは単なる一項目以上の意味を持っているようだった。
一方で、仮に今アプライしている物件をあえて手放した場合、最後に見た物件に確実に入居できる保証はまだない、というリスクもあった。なぜなら、その物件にはすでに1件のアプライが入っていたからだ。
返事のタイムリミットは本日18時。
「決め手」を決めに
アッコは、にわかに買い物バッグを掴むと、「アプライした家の周りを散策しよう!」と家を飛び出した。
「家探しの振り出し」に戻るリスクを取らずに済むように、アプライした家になんとかいいところを見出して、自分を納得させようとしているのだろう。
慌ててあとを追いかける。
アプライした家の周囲は、ハリスファームマーケットが入っているモール以外、さして目立つ場所はない。つまり、そのモールをくまなく見て、いいと思えるかを測りに行くということだ。
モールには、いい感じのカフェがあった。プラス1点。
ハリスファームマーケットは、主にB品の野菜を安く提供し、フードロスを抑え、農家をサポートするエシカルな取り組みを打ち出していた。プラス3点。
「うん、いいんじゃない」
こうして、めでたく正式なシドニーでの住処が決まったのである。
いやー、家探しって、本当にいいものですね。
さよなら、さよなら……さよなら!
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