【265日目】A Heartwarming Housewarming Party


April 27 2012, 4:33 AM by gowagowagorio

10月22日(土)

ナツモがやけにエキサイトしながら、自らジーンズを取り出し、それに合わせたTシャツをコーディネートしている。

熱心にめかしこみながらナツモが興奮気味に尋ねてきた。

「きょう、だれのおたんじょうび?ミアなの?」

ははあ、なるほど。

ナツモは今日、誰かの誕生パーティに行くと思って興奮している訳だ。本当に誕生パーティが好きなヤツである。しかし、残念ながら今日のパーティは誕生パーティではない。

ミノリは、僕の胸でエルゴの中に腕までスッポリ収められていたのに、玄関先で自らもぞもぞと右腕を外へ出すと、見送ってくれたエリサに向かって手を振り、人生2回目の「バイバイ」を口にした。

タクシーを走らせる事10分。

予想以上にパーカー家は近く、パーティの開始時間10分前には到着した。ホランドビレッジ至近、古いながらも味のある、閑静なマンションである。

タクシーから降りた我々が部屋を探しあぐねていると、それに気がついたキースが出迎えてくれた。レンボンガン以来、ちょうど一ヶ月ぶりの再会である。

通された部屋は抜けが良く、品のいい調度品が揃えられた居心地のいい空間に仕上げられている。続いてマーレーン、娘のミアとも再会を喜びあう。今日はパーカー家のハウスウォーミングパーティである。パーカー家の知り合いとしては新参者の我々は前の家を知らないから、これが初の訪問だ。

ミノリは最初こそ僕から離れたがらなかったが、しばらくすると縦横無尽にパーカー家の中を動き始めた。

僕が用意して来たミノリの夕食にはほとんど手をつけず、目を離すと大人用のつまみを、まさにつまみ食いしている。これは下手するとビールも飲みかねない。

徐々に増えるゲストの間に入っても、ミノリはまったく人見知りをせず、むしろナツモよりもインディペンデントに動き回り、あちこちで初対面の人々に面倒を見てもらっている。

僕の隣で「まあ、かわいい」と女性に抱っこされているかと思えば、僕が誰かとちょっと話し込んでいる隙に気づけばいつの間にか別の男性に抱っこされ、しばらくすると、また別の人間にポテトを差し出されていたりと、たくましい限りである。赤ん坊というよりは、そこに放されている小型犬のようではあるけれど。

それに引き換えナツモは、僕から一瞬たりとも離れようとせず、僕に抱っこまでせがんでくる。どう考えても、ミノリとナツモの立場は完全に逆転している。

眠くなるのもナツモが先で、そろそろ限界か、というとき、ふいにナツモが口を開いた。

「けーきは、まだ?」

「へ?」

あれほど説明したのに、ナツモはまだ、今日は誰かの誕生パーティだと思っているのだ。

「あのね、今日はケーキないよ」

「なんで?」

「だって誰の誕生日でもないからね」

「じゃあなんでぱーてぃすんの?」

それは良い質問である。

僕だって、こちらに来たばかりの時は、この、「ハウスウォーミングパーティ」の存在に驚いたものだ。

ゲストの人々と一通り会話も交わし、さてこれからパーティが面白くなるのに、というとき、ナツモが眠さの限界を迎えた。気が利くマーレーンが敏感にそれを察知する。

「ベッドルームを使うといいわ」

そのお言葉に甘えようかとも思ったが、通されたベッドでは落ち着かないのか、ナツモが帰りたそうにしているので、仕方なくおいとますることにした。

キースが呼んでくれたタクシーが到着した時に、ナツモが騒ぎだした。

「しーるはどこ?がちゃぴんの!」

またか。僕はうんざりした。

確かにナツモはガチャピンのステッカーのシートを持って来ていたが、僕はナツモがそれを何処に放置したかなど把握していない。今回に限らず、ナツモはあまりにも自分の所有物の行方に無責任すぎる。例え自分が失くしても、親かエリサが見つけてくれるのが当たり前だと思い込んでいるのだ。甘え過ぎである。

「知らないよ。もっちゃんが何処にシール置いたかなんて見てないから」

「しってるよ!おとうちゃんしってる!さがしてよ!」

案の定逆切れするナツモ。僕は素早くリビングとバルコニーの床に目を走らせたが、何処にもそれらしいものは見当たらない。

タクシーが外で待っている。キースも僕らの荷物を手にタクシーを止めてくれている。僕は半ば強引にナツモを引きずり、タクシーへ乗り込んだ。

「たくしー、どこでまってんの?」

キースに手を振り、タクシーが滑り出すと、ナツモが不可解な事を尋ねてきた。ナツモの質問の意図が分からない。

「ん?お家の前で待ってたでしょ」

「それでぐるっとまわるの?」

「そうだね、ぐるっと回ると、出口があるからね」

「それで、どこかでまつの?」

「なにを?」

「それで、どこいくの?」

「お家に帰るんだよ」

どうやらナツモは、ガチャピンのシールを僕がまだ探してくれるのだと思っていたらしい。タクシーが家に向かっていると分った瞬間、ナツモは半狂乱になって泣き喚き始めた。

「おうちかえりたくない!ミアのおうちいきたい!」

ミアのおうちに行きたい、というよりはガチャピンのシールを探したい、というのが正しいだろう。

ともかく、タクシーがコンドに到着するまでの10分間、ナツモはこの台詞を100回近くリピートした。

「ガチャピンのシールは可哀想だったけど、いい加減自分のものは自分でなくさないようにしなきゃダメだよ」

と諭したところで今のナツモが聞くはずもない。

「また新しいシールかってやるから」

僕は面倒くさくなって、軽はずみな約束を口にした。しかし、いつもならそれで大人しくなるのに、ナツモはまだ納得しない。

「じゃぱんにしかうってないの!ふみばーばにかってもらったの!」

ああ、そうか。あれは僕の母親が買い与えたものか。

それを大事にするナツモの気持ちが見えた瞬間、僕も少しばかり切ない気持ちになった。しかし、別れ際キースに、後でもし見つけたら取っておいてくれと頼んでおいたし、今日はもう諦めるしかない。

部屋に入っても泣き止まないナツモを何とかするため、僕はアキコに助け舟を出してもらう事にした。日本に出張中のアキコに電話をかけ、実家にいる事を確認すると、スカイプを繋げる。

「おーい、もっちゃん、マミーだぞ」

アキコが画面に映っても、ナツモはまだ泣き喚いている。そんな中、画面の向こうでアキコが何かをカメラに差し出した。

「あ!もっちゃん、見てみ、マミーがいいもの持ってるよ!」

僕が殊更大げさな声を出す。するとどうだろう、ナツモはぴた、と泣き止んで、僕の膝によじ登って来た。

PCを覗き込んだナツモの目には、ナツモの期待通り、プリキュアの塗り絵帳が映っていた。それだけではない。プリキュアのタオル、プリキュアのノート、プリキュアのステッカー、複数のプリキュアアイテムが次々と画面に映された。

ナツモはもう、ガチャピンのステッカーの事など何処かへ飛んで行ってしまったかのように画面を見つめている。

しかし、もっと嬉しそうな顔をすればいいものを、ナツモは今まで泣いていた事もあって、不貞腐れた顔のまま、

「・・・ほかには?」

とのたまった。可愛くない事この上ない。

その後、沢山のプリキュアアイテムを買ってくれたバビーに向かってきっちりお礼を言わせてスカイプを切ると、ナツモの機嫌はすっかり直っていた。

後は本を一冊読んで、ちょっと背中を掻いてやれば、ものの2分で夢の中である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?