【94日目】イクジなしの旅②


May 19 2011, 10:06 PM by gowagowagorio

5月4日(水)

「おはようございます。どうすか?」

「いやー、きびしいっすね」

海から上がって来た名前も知らない顔見知りと挨拶を交わす。ああ、帰って来たんだという感慨が込み上げる。僕は防砂林を抜けた高台にある、ビーチを見渡せるベンチに腰掛け、眼前に広がる太平洋を見渡した。

3月11日、このベンチが防砂林の際まで動いていたという。ここまで津波が来ていたということだ。海抜にして3mはある位置である。しかし、今はそんな出来事を感じさせないほど、海は穏やかな表情を見せている。

予報に反して、北風混じりのスタートだった。決してエクセレントなコンディションとは言えない。だが、そんなことは構わない。目の前にはサーフ可能な波が割れているのだ。天気もまずまずである。コンディションが今ひとつなためなのか、ゴールデンウィーク真っ最中であるにも関わらず、人はまばらだ。サンダルを脱ぎ捨て、ビーチの砂を踏みしめる。時刻は6:30、予定より1時間は遅いスタートである。フライトの疲れ、気温の低さ(この時期としてはごく当たり前の気温だが)のため、今朝はなかなかベッドから這い出せなかったのだ。

既に部屋で充分なストレッチを行って来た。波打ち際まで到達すると、すかさずリーシュを右足首に装着し、そのまま沖を目指す。足首を海水が洗う。覚悟していたほど、水温の低さは感じない。水深が腹ぐらいになったところで、おもむろに水を掻き始める。

よし。あの、プールでの地道なトレーニングが活きている。セミドライという鎧で身体を縛られているにも関わらず、意外なほどスムーズに肩が回る。久しぶりのドルフィンスルーで波をくぐる。頭から浴びた海水が、身体の隅々、そして心の中まで浸透していく感覚にとらわれる。「浄化」とは、こんな感覚のことを言うのではないだろうか。

ラインナップに着くと、そこにも知った顔ぶれが並んでいる。ひとりひとりに挨拶を交わし、軽口を叩く。ホーム、スウィート・ホーム。

サイズはハラ程度、アウトでムネぐらいの緩慢なブレイクだ。おかげで、気持ちばかりが逸ってパーリングすることもない。肩ならしにはちょうどいい。近くで波待ちしていた顔馴染みのKから、「最近は潮が上げてたほうがいいみたい」との情報を得る。今は大潮の引きに向かう時間帯である。水量が足りず、時が経つにつれ、ブレイクはますます不安定になっていく。テイクオフの後が続かないショートライドをひたすら繰り返す。

潮周りが悪かったようだが、それでも気付けば5時間近く海に浸かっていた。赤道直下で鍛えた皮膚である。夏本番前の日本の日差しなど屁でもない、そう見くびって日焼け止めを塗らなかった顔が、ちりちりと痛む。これといって良い波に乗れたという感覚はなかったが、それによるフラストレーションもなかった。心地よい疲労と共に、ただ波乗りができることのありがたみを噛み締めるのみだ。

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昼食後、知り合いの催すチョークアート体験会に顔を出したりしつつ、次のラウンドに備えて身体を休める。そして夕方5時、潮が上げきった頃を狙い、満を持してビーチへ向かう。なるほど、そこには朝とは姿を豹変させた、なかなか良い波が割れていた。サイズも少々アップし、ムネカタのファンウェーブである。これは僕を歓迎してくれているとしか思えない。嬉々としてアウトを目指す。

ラインナップに着くや否や、いきなり長い波を掴んだ。久々に、本当の波乗りをしていると感じることができる波。間違いなく今日のベストウェーブだ。気持ちが一気に高揚する。インサイドまで乗り継いだあと、再び目指すアウトがやけに遠い。どうやら午前中のラウンドで体力を使いすぎたようだ。しかし、僕のいるピークには波待ちをするサーファーが2、3人しかいない。つまり、乗り放題である。休んでいるヒマなどない。

陽が長くなっているため、まだまだ乗れるが、すでに僕のエネルギーは切れている。明日の早朝には、久々のセッションを楽しもうと、波乗り仲間のSが来ることになっている。体力をセーブしておかないと、明日のラウンドに影響が出るほど疲れが残る。

それは解っている。

しかし、いつのまにか風が止み、波はどんどんグッドシェイプになっていく。このポイントにしてはエクセレントと言えるコンディション。にも関わらず、波待ちをしているサーファーは、一人また一人と減って行く。気付けばほぼ貸し切り状態。この状況で止められる道理などない。後先など考えず、波が見えなくなるまでテイクオフを繰り返すのみである。

ラストライトが失われるのと同時に、僕の体力も底をついた。ふらふらと家へ戻ると、時計はすでに7時前を指している。この陽の長さ。すぐそこまで夏がやってきているのだ。

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