【SS】 たすけて魔法少女 【ショート・ショート】


 つくづく銀行の人間というのは目の前の数字のことばかりしか見ない。前の担当は人情味があって我々に適切な助言を頂いたと言うのに、新しく担当になった蔵元という若い男は数字のマイナスの文字を見て鼻を鳴らした。

「相田さん、この半年で随分と堕ちましたね。まあこのご時世、よく保っていると思いますがね。ですが、もう半年もこの調子では、さすがに融資を考えなければなりませんよぉ」

 腹ただしい口調で倉本が書類を投げ飛ばす。そんな態度も気に入らないが、このご時世だからこそ事業回復のために誠心誠意つとめるのが、お前たちの仕事じゃないのか。と、自分勝手な方向へと思考がトリップしてしまった。彼らだって商売でお金を動かしている。手数料とはいわば、彼ら銀行家の給料となるもので、それがなかったら何億というお金を貸してもらえず商売は立ち行かなくなってしまう。

「倉本さん、このご時世だからこそです。いま新しい事業を展開しようとしています。今まで通りのやり方では、ダメなんだって気付かされたんです。こちらを御覧ください」

 相田は書類の束を蔵元に渡す。蔵元は手に取らず、置いた書類に目を落とした。

「ほう、宅配サービスを始めるんですか。飲食店ならではの発想ですね。ですが、これで黒字回復になるとは思えませんが」

「無論、たかが半年で回復なんて甘い考えだと思います。ですが長い目で見たら、景気が伸びるどころか利益になる。どうか、一考願えませんか」

 頭を下げる勢いで相田は身を乗り出す。だが蔵元は卑しく一蹴した。

「あのね、相田さん。そんな事をしている人はね、すでにたくさんいるんですよ。そのほとんどが赤字ばかり。もう数ヶ月で倒産目前に至るところだ。……わかりますか。黒字はどう考えても不可能だ。もし融資を受けたいなら、コストをとことん切り詰めてくださいね」

 一瞬で頭が沸騰した。この男は正論を言っているのかもしれない。コストをカットするとなると、その矛先は人員を切ることにほかならない。今の時代、再就職は難しい。しかも四十を超えたものがほとんどだ。相田はそんな非常な判断を下せる人間ではなかった。

「あれ? もしかして戸惑っていらっしゃいますか。……足りない頭でよく考えてください。事業が続くほうが長い目で見たらいいことに決まってるじゃないですか。従業員のほんの少しぐらい減ったところで、他の従業員の生活は救われる。この世はそうやって成り立っているんですよ。綺麗事なんて存在しないんです。相田さんが人情家なのは以前の担当からよく聞かされました。正直、気が滅入ります。こんなに金のならない木にこれから付き合っていくんですから。……お金の貸し借りについて、ある格言があります。貸すも親切、貸さぬも親切というやつです。貴方は融資を受けてくれない我々に憤りを感じているみたいですが、これは我々の温情です。どうか、ご理解してくれますね」

 彼なりの慈しむような笑みを披露しているつもりだろうが、その裏にあるねちっこい欲望が透けて見えてくる。相田は胸のむかつきを抑えることができないでいた。いますぐその貼り付けたような笑みを崩してやりたい。話は平行線だ。尋ねてきたときから目に見えていたことだ。ならば、アレを使うしかない。大変に残念なことだ。できれば使いたくはなかったが。
 相田は息を大きく吸って、長々と吐いていった。ある種の覚悟が灯った。恥も外聞も捨てて、相田は叫んだ。

「──助けて〜! 魔法しょ〜じょ〜!!」

 部屋の中で声が反響し、徐々に小さくなっていく。いま顔を真赤にしていることだろう。あまりの恥ずかしさに頭蓋骨を打ち付けたくなる衝動をなんとかこらえる。倉本の顔がどんな様相を浮かべているのかも見ることはかなわない。ただ俯いて、やり過ごすだけだった。

 すると部屋の隅が桃色の輝きに満ちていた。倉本も「なんだ」と慌てているみたいだ。相田は光を見た。その桃色の輝きから人の輪郭が浮き出ていた。
 光は弾けるように霧散すると、そこからピンク色のフリフリとした普通ではない洋服を着た女の子が現れた。ふわりと着地してから、少女はキラリと目を輝かせた。

「誰かの呼ぶ声アレば、どこでもかけつけ、誰かの涙アレばハンカチを差し上げる。── 魔法少女ナヤミたすけ推参!」

 ぴかーん、と輝きそうなSEをつけて、決めポーズ的なものを取った。ナヤミたすけというのが、彼女の名前でいいのだろうか。

 どろどろした陰鬱な空気感が魔法少女の登場により混沌とした空気に変わっていた。倉本は腰を抜かしつつも、状況を飲み込めたのか罵声を放った。

「お、おいお前! ど、どうやってここに入った! いや、これは立派な不法侵入だぞ。今から警察に突き出してやる!!」

 魔法少女はふふっ、と愛らしい笑みを返し、倉本に言った。

「貴方は依頼主ではありませんね。だって、こんなにどす黒いオーラを発しているもの。そして微かに希望のオーラが見える。これは今を耐えきれば幸せが訪れると確信──というか思い込みかな。そうやって安心を得ようとしている。で、反対に──」

 魔法少女は相田の方へ振り向いた。何かに納得するようにうなずき、

「うん、私を呼んだのは貴方ですね。涙のオーラに、悲しみのオーラがぐちゃぐちゃに混じっています。あと、ちなみに例の合言葉はどこで知りたましたか?」

「え、あの。娘から聞いたんです。うちの学校で魔法少女が現れたって。最初は全く信じていませんでしたが、もう藁にもすがる思いというか、やけっぱちというか」

「なるほど、それは良いことです。私は心の底から解決を望む人にしかあらわれませんので。貴方の心の底からの声は私にしっかりと届きました。して、貴方は、どんな解決を望みますか?」

 魔法少女は聞くところによると、雇い主の最も欲しい物を授けるらしい。お金がほしいといえば、もらえるのだろうか。

 いや、先程彼女は「オーラ」というものを見ていた。現にまっすぐに相田に視線を注ぎ続けている。自分は今、試されている。

「利益にならないから切る選択は当然だ。ただ、それを納得できるだけの理由を話してくれない彼にもしっかりと説明義務がある。……魔法少女さん、彼のバックボーンを俺は知りたい。できますか」

「それで、いいのですね」

「はい」

 その瞬間、なんの前触れもなく、談話室が歪んだ。もとに戻るのは本当に一瞬で、広々とした部屋へ変わった。デスクが向かい合いでずらっと並び、スーツに身を包んだ人たちがひっきりなしにうごめいている。よくある会社の光景だ。そんなデスクを束ねるように鎮座している大きめのデスクでは、恰幅の男が胴間声を張り上げていた。罵声をうけているのは倉本だ。

 場面が転換する。年老いたスーツ姿の男と、大手飲食メーカーの男たちが会議室に集まっている。雰囲気は良からぬことを企む悪の組織だ。

「それでは、頼みますよ。宅配サービスなんて儲かりはしないのですから。我々はもとからノウハウが詰まっていますから、ほぼリスクがない。貴方が引導を渡して上げなさい」

 大手飲食メーカーの男が淡々と言う。倉本はためらうように「ですが」と返す。それを見越した男たちの下卑た笑みが部屋中に響いた。

「なに、ただでとは言いません。成功の暁は用意しています。……こんな場末で終わりたくないでしょう」

「たしか君は、子供は生まれたばかりだったようだな。だが、こんな地方銀行の給料で、普通に暮らしていけると思うかね? 絶不況の中、どこも倒産が相次いでいる。いずれ滅ぶものだ。そんななかで、生き残ることができるものが誰なのか、わからない君ではあるまい?」

 奴らは悪の組織らしく褒賞をちらつかせる。倉本はそれにまんまと乗ってしまったようだ。その証拠に、欲望の風呂に浸かっているような恍惚な表情を浮かべている。どうやらご時世とやらは嘘っぱちらしい。

「ち、違うんだっ。おいおまえ、でたらめ言ってるんじゃないぞ! 今すぐもとに戻せ!」

「慌てないの。私の役目はまだ終わっていない。その眼で見てなさい、融資を受けられなかった人たちの末路をね」

 場面が切り替わった。

 慟哭。嗚咽。懇願。哀願。憎悪。苦痛。

 融資を受けることが出来ず、店を畳んだ者の末路が一様に描かれていた。

 彼の行動はまるで呪いのような連鎖で、人々を不幸に陥れていた。

 場面が切り替わり、元の会議室へ戻った。

「お、俺は悪くない……どう考えても悪くないだろぉ!? だって、あの人達の意向に逆らったら、俺はひどい目にあってしまう。足りない金の補填に追われちまう。なあ、分かるだろ。銀行がどんだけ苦しいのかさ」

 倉本は虫のようにすがってきた。もはや虫にしかみえない。スーツがしわになると思った相田は、鋭い手付きで倉本をはたいた。血が吹き出たわけではないが、交流の輪は完全に切ることが出来たような気がした。

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 後日、倉本の銀行とは融資を打ち切り、少額だが他の銀行で融資を受けることが出来た。裏にある不正が世に明るみになったのが大きい。

 ふと魔法少女のことを考えた。彼女は会議室からいなくなっていた。魔法は解けてしまった、そんな唐突な感じでだ。

 彼女は自分の抑圧されたストレスが少女の形になって表れ出たものかもしれない。だが不正を知ることが出来たのは、魔法少女のおかげだ。おまじないは現実に存在していた。

「ありがとう、魔法少女」

 どういたしまして、と幻聴が響いたような気がした。

 


 

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