[小説] 第四節 謎の一団 [Traveling!〜旅するアイドル]


 生まれながらにしてすべてを持っていた。将来、偉大なことを為すための土壌を形成し、十四歳でその才覚を遺憾なく発揮した。恵まれた環境で、自分のやりたいことを追求し尽くした。
 音と人と、そして私が生み出す総合芸術は、あっという間に世界に知れ渡った。
 忘れもしない。私とあの二人で描いた景色は、誰も彼も幸せにできる、そんな実感があった。
 しかし人は努力すれば努力するほど、望まぬ結果を生み出してしまうジレンマが働くらしい。私の身に起こった結果は、あまりにも致命的で、理不尽極まりなく、徹底的に惨たらしかった。
 水が降ってきた。頭から髪の毛、顔へと染み込んだ。
 刺激に悶え、叫び、狂ってしまった。
 そうして十六歳の「私」が死んだ。
 


「──っ」

 ミソラは目を覚ました。視界はぼやけ、全身の筋肉がうまく動かず、本当に目覚めているのかどうかも疑わしい。金縛りから解放される要領で呼吸だけに意識を向け、すーはーと何回も続ける。体内の酸素不足が解消され、徐々に体の自由を取り戻してきた。
 ミソラは首だけ動かして辺りを眺めた

「ここって……」

 自室ではない。かといって、自宅のどこでもない。
 目に映る全ての物に違和感を覚えた。起き上がれば頭をぶつけそうなほどに低い天井だと思いきや、斜め上に視界を向けると別の天井があった。ミソラが横たわっていた天井は木製の天板だったようだ。ミソラの自室に天井までぶつかる自室ではなかったはずだ。

 体を起こそうとした。左手を伸ばそうとすると、どこかに腕を縛られているような感覚が走る。

「あ、目覚めたんですね」

 声がした。黒髪の少女が心配そうな眼差しでこちらをのぞいていた。

「……どちら?」

「いまみんなを集めます。今は体を休めてください」

「……あなたは、いったい……」

 少女以外に別のものがみえた。やけに狭い空間に、ソファやテーブルがある。その奥のほうには、ガラス越しの景色が見えた。まるで車内にいるようだった。

 ミソラは自分の手が包帯で覆われているのをみた。瞬間、自分の身に降り掛かった出来事を思い出す。大きく目を見開き、体が最大限に活性化した。

「姉さん、兄さんっ。二人は、二人は! どこに……!?」

「お、落ち着いてください。もう少しで……けほっ」

 ふと少女が背後を向き咳を払った。それから激しいものを数回していくうちに、ミソラのほうが逆に冷静になった。

「ちょ、貴方のほうが大丈夫ですか⁉」

「けほっ、けほっ。……いつものことですから。今から、呼んできますね」

 そう言って、黒髪の少女はミソラの傍から離れた。彼女がいなくなったことで、自分が今置かれている状況を少しだけ鑑みた。

「……生きている」

 少なくとも死ぬことはなかった。死に損なったともいえる。煙を吸い込んではいたが、大量に吸うことはなかった。病院のベッドの上ではないことが不安の種ではある。

 お腹は不思議と空いていない。あれからどれぐらいの時間が経過したのだろうか。腕に点滴もなく、栄養失調気味なことに変わりはなさそうだ。
 がらりと扉が開く音で膨れ上がる考えを止めた。先ほどの黒髪の少女に人が続いた。

「おまたせしました。いまPさんが診てくれますから」

 最後に言った「ピー」という名前に疑問を持った。

「その人はちゃんと医者なの?」

「はい、信頼おける方なのは、けほっ……保障します」

 彼女の様子で不安を通り越して恐怖になっていく。そしてその予感は的中した。
 車内に続々と人が入ってきた。二人の女性が駆け寄ってきたあと、最後に現れたソレはミソラの想像を超えた存在だった。

「目覚めたんだってね。で、しにかけ?」

「ちょっとアイカちゃん、縁起でもないこと言わないの。……でも調子悪そうだった」

「当然ですよ。有毒ガスを吸い込んでしまったのです。〈P〉が間に合ったからよかったですけど」

 ミソラを見下ろす二人の女性を観察する。初っ端から死にかけと失礼なことを言った方は、見た目から目を引くタイプだった。毛根まで染まっていそうな金髪をボブショートに近い髪型をあしらえ、黒い眦が鋭く見つめてくる。体格は小柄で、三人の中で特に強調されている。上下黒色の動きやすそうな服装で、首元に白いタオルをかけている。先程まで体を動かしていたらしい。

 もう一人は黒縁のメガネを掛けた見るからに年上の女性だ。くすんだ茶髪をポニーテールにまとめ、平均より高いミソラよりも背が高いようにみえた。ワイシャツに紺色のジーンズと言うシンプルな出で立ちだが、思わず見惚れるスタイルをしている。

 二人はこの世の中でも至って普通の人間だ。だが彼女たちのあとに現れたソレは、人の肌がまるで見えない存在だった。思わずそちらを凝視してしまう

「まあ驚くよね……」

 黒髪の少女がため息がてら言った。彼女も同じ経験をしたようだ。

「言葉は通じるんだから、話は通じるんでしょ。〈P〉、この女を連れてきたわけ、教えてもらうからな」

 金髪の少女はぶっきらぼうに言った。〈P〉とは先程から話題に出ていた言葉だ。それが指し示すものが、背後にいる異様な人型のことなのだろうか。


『ふむ。どうやら大事ないようでよかった。病院へ連れて行く手間が省けた』


 仮面から機械的な声がした。ボイスチェンジャーでもかけているのか、男か女か判別もつかない。声の持ち主の見た目を羅列すると、黒と白のコントラスとの鎧をまとい、頭部は黒と金色の模様が入った仮面をかぶっている。それ以外は人型で、日本語を話している。容貌が異様なだけで、おそらく人間なのだろう。背丈は誰よりも高く、しゃがみ込む形になってミソラを覗いている。

 金髪の少女はアイカという名前で、仮面の人物は〈P〉という名前らしい。黒髪の少女と大人の女性の名前は明らかにされていない。

『寝込んでいるのは、逆に体に毒だろう。外に出よう。君の感じているものを、洗いざらい吐き出すがいい』

 そう言って、仮面はこちらへ近づくかと思うと、ミソラをひょいと抱きかかえた。宙に浮く感覚をあとに、仮面は外へ向かう。途中で、黒髪の少女に足をぶつけてしまったり、テーブルの角にぶつかったりと、まるでエスコートがなっていなかった。

「ちょっとっ、おろして。私、多分歩けないわよっ」

 抱きかかえられた状態で、ミソラは外へ出た。
 清涼な空気が鼻孔を透き通ってきた。柔らかい陽の光が、大きな水たまりに反射してキラキラと輝いていた。

 湖が広がり、自然の外に放り出されたような気分になった。鈴のような優しい音が木々の間から聞こえてくる。邸宅の周辺の自然より空気が冷たいが、湿度が高いせいか肌に熱がまとわりついてくる。

『食事を用意している。君の体調を考慮したものだ』

「……なるほど。ここで寝ていたのね」

 視界を移すと、車の種類がわかる。やはりというべきか、キャンピングカーとよばれるものだ。実物を見るのは初めてで、ミニバンよりも少し大きい。

 テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。湯気があがっているところから、出来たてなのだろう。車内から、先程の一団が椅子に座ってきた。ミソラの席はテーブルの端に用意してある車椅子に降ろされた。
 ミソラは食事に手を付ける前に訊いた。

「姉さんと兄さんは、どうなったの」

 沈痛な面持ちになる。彼女たちが答えを知っているとは思えなかったが、〈P〉は端的に答えた。

『さてな。前後に何が起きたのか、私は知らない。君に降り掛かった出来事と、共有させてもらえないかね』

 芝居がかった口調が仮面の言葉遣いらしい。合成音声のせいで、嫌味たらしく響くことなく、逆に不気味さを醸し出している。わかることは、二階の部屋の窓を突き破り、炎と煙に飲まれそうになったミソラを救出したのは〈P〉だということ。つまり生命を救ってもらった恩がある。ただミソラは警戒をしつつ、出来事を話していった。

 最近、姉と兄の仕事が忙しくなったこと。来客が増え、近隣に何かを建てそれに姉兄が反発していたこと。そして、突如として壊れた平穏。何の前触れもなく、銃声が鳴り響いたことなど、殆どのことを話した。

 反応はそれぞれ違っていた。仮面の表情は伺えなかったが、なるほどと一言。年長の女性──ラムとアイカが呼んでいた──は一般的な同情のポーズをとった。黒髪の少女も同様だったが、「ひどい、ひどすぎる」と今にも泣きそうな様子だった。

 そのなかでアイカと呼ばれた少女は仮面にこう告げた。

「やっとみせてくれるんだろ? 燃えた家の写真、アタシにも見せてくれ」

 かっと頭が熱くなった。ミソラはアイカを睨みつけ、精一杯の声でうったえた。

「なんでそんな事する必要があるの!? 警察には、このことは伝えたの? 野次馬みたいなことして、恥ずかしくない!?」

「落ち着け。順番に話す。まず体に栄養入れろ。泣き叫ぶのそれからだ」

 アイカが顎で料理を指し示す。空腹がすぎると逆に空腹を感じなくなるらしいが、料理の匂いでようやく空腹を自覚した。腕は動くので、スプーンをとりお粥らしき料理を口に入れた。

 口の中に優しい味わいが届いてきた。ミルクの風味にはちみつの甘さ、あとから麦の香りを噛み締めていく。見たときはお米だと思っていたものが、穀物のお粥だったことに感心した。

 二口、三口と麦のお粥を完食。次に蒸した鶏むねサラダ、サーモンのカルパッチョなど、外で食べるにしては、豪勢な食前だ。

 今は食べて体を直すべきだ。たとえ毒物が混入されていたとしても、食欲を握られていた時点で敗北した、だけのことだ。

 泣き叫ぶのは後だ。だがこみ上げてくる情動を抑えることができなかった。
 姉と兄がいなくなった。それだけはわかったのだから。


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