中学3年、自分の感情はない。だから他人を真似る@hss型hsp、解離性障害、アダチルの私の体験
中学3年の高校受験のとき
その年代
クラスの1/4は受けて当たり前の
滑り止め学校があった
その合否は
廊下に受験した生徒が並び
ひとりづつ先生に呼ばれて
教室に入り
合否を知らされる
という形式だった
わたしはというと…
不合格だった
落ちたのだが
私はそのとき
なぜだか
悔しくも
悲しくも
ショックも
なんも
なんにも
1ミリも感じなかった
だが廊下には
他人の合否を
興味津々でドアの窓から
覗く同級生がわらわらいた
「どうしよう
なにかリアクションしなければ」
なぜか
わたしはそのとき
そんなプレッシャーを感じ
「こういうときは
悲しいのだ
悲しい時は
泣くものだ」
というような
言葉にはならないが
そんな計算めいた図式が
頭の中に現れて
わたしは
泣き真似をした
えーん。
と泣き真似しながら
いや
このときは
自分は悲しいに違いない
と自分に思い込ませすらして
本当に涙を流して
友達に駆け寄ったのを
薄っすら覚えている
悲しくもなかったのに
「こういうときは
悲しいはずだ」
と
自分の感情を作って
それに合わせて
泣くという表現をした
そうやって
世の中の一般的な?
感情や表現方法を
自分に当てはめて
演技する
という技を
いつの間にか身につけていた
いや
そもそも
技を駆使してる
なんて自覚すらなくて
本当
無意識に
無自覚に
自動的に
真似をしていた
もう
中学生で
自分なんて
どこにも無かった
自分の感情なんて
とうの昔に捨てていた
ということに
大人になって思い出したとき
虚しくなった
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