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自分しか気づいてあげられない「無理」と「頑張ればできる」の境目

こんにちは。フリーランス女子ありかです。

今日は、私が社会人になってよく考えていたトピック、「無理しすぎ」について記事を書きたいと思います。

よく、「無理しないで」「辛くなったら言ってね」こんな言葉、よく言われると思いますし、言ったことがある方も多くいると思うと思います。

一見するとシンプルな優しい声掛けに聞こえますが、私は、これほどあいまいな言葉はないんじゃないか、と思います

もちろんそれはこの言葉を言う人が悪いとかそういう話ではありません。

でも、自分がしていることが「誰から見ても無理、あるいは大変そう」であるか、「頑張れはできる程度か」のラインってその見ている人にもよるし、実は完全に主観的なものですよね。

私が社会人2年目の時、1つ下の会社入りたての女の子が突然会社に来れなくなってしまいました。

数年後に聞いてみると、どうやら「鬱」状態だったとのこと。
そしてその子は、それから2年ほど後に復帰して同じ会社の別エリアの全く違う部署でいきいき働いているとか。

当時の私の勤務地は田舎の工場だったので、小さなコミュニティ独特の人間関係とか、勤務地とか仕事内容とかいろいろあったかと思いましたが、私も含め工場の女性でその子のことを悪く言っている人は聞いたことがなかったし、勤務地もその子が希望した通りのものだったのこと。

ただ1つ、配属された部署は希望通りではなく、OJTについた上司は少し厳しい人だったようです。

ここだけを聞くと、「そんなことだけで会社に来れなくなってしまうのか」「自分はもっと大変な上司の下で働いて、成長できた」「まだ仕事初めて間もないのに、早すぎるんじゃないか」「みんな好きでないことも仕事としてやって生きている」などなど、いろんなことを思う人がいると思います。

私も、正直1年目で来れなくなってしまう、しかも本人の能力の高さや印象の良さ(九州大学・院卒業、はきはきした感じのいい女の子)を考えるともったいないし、判断が早すぎるんじゃないかと思いました。

でも、実際に本人は「鬱」になってしまったんです。
優秀な大学を院まで出た子が、心がしんどくなってしまって、仕事に行きたくてもいけなくなってしまったんです。

正直、詳しいところは本人にしかわかりません。

でも、ある人にとっては簡単なこと、耐えられることだったとしても、それが自分にとってそうだとは限らない。

そういうことって世の中多いと思います。

でも、多くの場合は周りの意見とか、評判、いわゆる「常識」とか「普通」とみんなが言うようなことを意識しすぎて、「無理しすぎた」結果、つぶれるのは自分です。

つぶれてしまってからじゃ遅い。一度壊れてしまったら、回復には時間がかかります。

もし少しでも「つらいかも」「しんどいかも」と思ったら、周りを気にしすぎずに「休む」ことを、「一度やめてみる」ことを検討してみてはいかがですか?

自分の心が健康であるための決断や解決策を周りの人が言ってくれるのを期待するのはもうやめましょう、、、!

自分を大切にできるのは結局は「自分」だけです。


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