短編:麻縄
「ほんとうに?」
暗い暗い何処かに声が響く。
「もういいよ。」
ひとつ前に響いた声に反して、続く声は何処までも冷たく乾いた声だった。
「沢山だ。」
暗い中にぶら下がった麻縄の輪に向けてぼそりと呟く。
「まだ分からないじゃないか。」
それは最後通牒の様だった。自分が自分を守ろうとする機構の一番奥の、なけなしの声の様だった。
「なにがだよ。もう分かり切っているさ。誰も僕を理解しない。それを説く方法も僕は知らない、分からないんだよ。」
言い返す声は無かった。
「いいんだ、もう、疲れたよ。何をやっても叱られる、嫌われる。善かれと思ってやった事さえ皆にとってはダメな事なんだ。頑張って、どうにか認められようとしたってそれすら怒りを買う。それって、僕は何をしても無駄って事なんだろ?僕には居場所が無いって事なんだろ?」
少年の肩は小さく震えている。
「本当にそう思うのかい。」
おずおずと声は少年に語り掛ける。
「本当に、君のすべてがダメだと君は思うのかい。思い出してごらんよ。君は確かに多くを与えられなかったかもしれない。他の人より劣る事が多いかもしれない。でも君は、全て愛されなかった訳じゃない。何も与えられなかった訳じゃない。そうだろう。君がその輪の先に行けば、きっと悲しむ人が居る。泣き叫ぶ声が聞こえてくる。消えてしまった君の背中に伸びる手は必ずある。」
「じゃあ!」
少年は虚空に向かい怒声を上げる。誰にも聞こえない、自分だけに聞こえる大きな声で。
「救ってくれたっていいじゃないか!こんなに苦しいのに、重たいのに、今にも僕は引きちぎれそうなのに。」
静寂
「知ってる。あれでもあの人達は僕を愛そうとしてくれてる。知ってるよ。でも、救って欲しいなんてもう言えないんだ。言えば何かが返ってくる。その何かが堪らなく怖いんだ。『きっとあの人達は僕の味方になってくれる』なんて期待は、とっくの昔に尽きてしまった。」
「うん。」
「でも、」
そういうと少年は腕で涙を拭った。慎重に息を整えて、しゃくりあげる喉を落ち着かせている。
「あの人たちを泣かせたくない。」
暗闇の中、仄かに浮かぶ橙色の灯が少年を遠巻きに囲んでいた。はっきりとは見えないが、確かに存在したはずの光だった。
「全てを諦めるには、君は優しすぎるのさ。」
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