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亡くなった海部元首相は、UFOに関心が深かった


首相に就任されたのは平成元年だが、その前年に自民党の地方青年部のある人(実は小生が所属していたUFO研究団体の会員だった。)から、自由新報でUFOの特集をやりたいからという事で頼まれた、UFOに関するコメントがあり、結局、自由新報に掲載されたかどうかは党員でないので分からないが、首相就任直後に発行された、そのUFO研究団体の機関誌にも原文が掲載されているので、一部紹介する。

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夢を信じたい
「UFOの存在を信じるか」と問われると、「見たことは無いが信じたい、信じた方が夢があっていい」と僕は思っている。
僕が労働政務次官でILO会議に参加しての帰り路だから、確か昭和42年の秋と思う。モスクワに立ち寄り、駐ソ大使公邸で、横田多喜夫さんという外務省の大物と御一緒した時、UFOに関する様々な御話を興味深く承ったのが、昨日の事の様に鮮やかです。

以来、「UFOを見たい」その一念で注意していますが、まだ駄目です。
一昨年12月、…、僕は招かれて、南極点のアムンゼン・スコット基地で暮らしました。磁極点の神秘な空を見て、UFOを探しました。
また、ガダルカナル島エスペラント岬から海へ入り、サボ島に向けて泳ぎながら、南太平洋の夕空にUFOを探しましたが駄目でした。
スイスのツェルマットでも、オーストラリヤのエアーズロックの上からでも、いつも空を仰ぐ癖がつきました。
旅の想い出の中に、そして今度こそ見られるぞ、と期待するひとときが楽しみになりました。僕はこれからも、いつかUFOに出会える瞬間の興奮を期待して、人生の旅を続けます。
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南極に行ったとは、単なる視察なのか目的が気になるが、
黄田多喜夫(おうだたきお)氏との逸話は、TOCANAにも載っている。

また、なんと首相在任中の1990年には、羽咋市で開かれた「宇宙とUFO国際シンポジウム」に、祝電を送っている。矢追さんのブログより、

コスモアイル羽咋に、きっと残してあるだろうが、まだ大らかな時代であった。

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UFOと宇宙問題について長年学んでまいりました。出来るだけ多くのかたにお知らせしたいと思っておりますので、ご協力いただければ幸いです。