真色の絵本。

なにもないセカイ


少女はそう例えた


まっしろなセカイ


少年はそう例えた


そのセカイはキョムだった


ーーーーー


青空が高く、空気が乾いて冷たい冬の晴天

小春日和ではない晴天


「………最近の絵本て、難しいのね」


一冊の絵本をひらいた女性がいった


「子供は感受性豊たかですからね

この絵本をどうとるのか、楽しみです」


優雅に紅茶を嗜む男性が応えた


二人がいるのは洒落たカフェ

アンティーク調の調度品と品のある食器、カトラリー


真っ赤な

真っ黒な

絵本


絵本のページは何が書かれているか解らないくらい

一色の線で埋め尽くされていた


真っ赤はべったり

真っ黒は何処までも続くよう


それ以外にも色がモノを云う絵本だ


「………悪趣味」


絵本を丁寧に見ていた女性は無表情に言った


「そうですか?」


「えぇ、まるで悪魔みたい」


男性は優雅に

       微笑んだ。

女性は優美に


ーーーーーーーーー


嫌だったら死ぬ?

  嫌だったら殺す?


嫌だったら諦める?

   嫌だったら………

嫌だったら………


ーーーーーーーーーーー


茜空に烏の声


帰ろう、帰ろう、と啼いている


空は夜の帳がおりていく


「帰ろう、帰ろう、烏がなく頃に」


段々と暗くなる空に呟く少女の目の前に

一人の男が立っていた


身なりのいい好青年はその手に何かを持っていた


「お嬢さん、此方を差し上げます。

もしかしたら、善いことがおこるかもしれませんよ」


手渡したのは一冊の絵本


真っ黒な表紙の絵本だった


ーーーーー


夢をみた


幸せな夢だった


でも、とてもコワイ夢だった


ーーーーー


はっと目が覚めたのは

まだ夜の気配が深い時間


辺りは夜闇の中だった


「………っ………、…………」


冷や汗で体が冷えて

心臓がドクドクと大きな音をたてている


「…………ふぅ…………」


少し息を調えると

絵本に目が止まった


寝る前に捲っていたが

たしか表紙を閉じて置いていたはずの絵本が

真っ黒な闇と血のように赤いページを開いていた


まるで、夢を現すように… 


「…………ッッ!!!」


悲鳴は声に成らなかった


そのページには絵が描かれていた


黒いページには大輪の真っ赤な牡丹

赤いページには漆黒の日本刀

が何もなかったページに描かれた


ーーーーーーーー

夢は夢?

 夢は真?


夢は記憶?

 夢は…………

ーーーーーーーー


気がつくと朝になっていた

両親は仕事にいっている時間


「……………………おはよう」


誰もいないキッチンに挨拶をする

いつもの行為


珈琲にミルクを入れ一口


今日は休日だ

朝いつもの時間に起きたが予定もないし

多少ゆっくりしてもいいだろう


テレビをつけるでもない

ラジオや曲を流すでもなく


ただただ時間がゆっくり流れていく


ゆったりとした時間のなか

夢と絵本について考えていた


夢の全てを覚えているわけではない

断片的に、覚えているだけだ


印象的な赤い大輪の牡丹と

全ての黒を集めたような漆黒の刀


そして、赤い牡丹に降りかかる赤いナニか


「……なんだろう」


何かを知っている

何か大事な事を知っている気がする…………

ただそれが思い出せない


そして、夢を忠実に描いた不気味な絵本

渡してきた青年もここら辺でみる人間ではなかった


『善いことがおこるかもしれませんよ』


人好きしそう、とまではいかないが

人の良さそうな人だった、と思う


「…………ここにいるりゆうは、

おやにはじをかかせないため

ここにいるりゆうは、

おやのきたいにこたえるため」


全ては『親』の為


自分なんて要らない

個人なんて要らない


ただの傀儡として生きている


「…………いらないなら、ころせばいいのに…………」


飲み終えたマグカップをシンクに置いた


その表情は冷ややかな笑みが浮かんでいた


ーーーーーー


親がキライ

 大人がキライ


他人がキライ

 自分がキライ


ぜんぶ きらい


ーーーーーー


きらびやかな着物を着た美しい女


大輪の真っ赤な牡丹の咲いた庭を

背にして微笑んでいる


何かをいっている

赤い唇が、何かをいっている


ナニも聞こえない


ナニも、聞こえてこない


=オマエハ ドッチヲ エラブ?=


美しい女は鮮やかに笑んだ


ーーーーーーー


何も変わらない日常


変化を求めない自分


何も映さない瞳が夕焼け空をみる

赤い紅い空


不気味なのに何故か捨てられない

絵本の1ページみたいだ


黒いページに真っ赤な牡丹と

向かいの赤いページに漆黒の日本刀


次の夢でみた美しい着物の女性


最後だけ、読み取れた言葉


=ドッチヲ エラブ?=


どっち、とはどういう事なのか

まるで、現実とそれ以外を選ばせようとしている様だった


「どっち」


どっちを選んでも、

同じではないのか

どっちを選んでも、

自分は自分を持たないのではないだろうか


「ふふ」


思わず零れた笑みは何の感情も映さない


ーーーーーーー


美しい女は微笑みながら問う


=オマエハ ドッチヲ エラブ?=


緋色の袿は牡丹

合わせは朱色


女は赤い紅をひく


ーーーーーー


「○○ちゃんはいいこですね、ご両親の教育の賜物だ」


「○○ちゃんがあの学校に行けたのは

ご両親のおかげよね」


仮面をつけた大人たちが口々に両親を褒め称える


自分の努力や功績は全て両親のモノ


笑顔で行儀よく、品行方正に、勉強もできる娘


「嘘つき」


世間も学校も学友も大人も全員騙されている


「ウソツキ」


鏡に向かって嘲笑した


ーーーーーーー


夢は続く

記憶に残る場面も増えてきた


ただ、声は聞こえない


絵本に描かれる絵が段々増えていく


美しい絵


夢の中のものが忠実に描かれている


パラパラと絵本をめくる


全てのページは黒か赤だ


ただ、色の濃淡が違ったり色見が若干違う


夕焼け空を切り取った様な赤から血のような赤まで


薄墨を垂らしたような黒から

全ての闇という闇を詰め込んだような黒まで


そこに美しい絵が描かれる


「…絵本みたいに、全てが静かになればいいのに」


ーーーーーーーーー


薄く霧がかった明るい世界

平安時代の屋敷のような場所


いつも微笑んでいる美しい女が目の前にいた


『お前はどっちを選ぶ?』


いつもの問いかけ


『お前が好きな方を選べばいい

いずれ私は此処から消えるのだからなぁ』


口許を袖で隠しながら優美に微笑む女


「え?」


思わず声が出た


『ふふ、何を驚く事がある

それが、私の宿命だぞ?』


コロコロと笑う女


『お前は自由だ

この宿命をとるか、そちらをとるか

自由に決めればいい』


真っ赤な牡丹が霧で霞んでいた


ーーーーーーー


いつものように絵本が開いていた


そこには大輪の緋牡丹と美しい女が一面に

描かれていた


「消える宿命、か」


少し、羨ましいかもしれない


部屋の外から罵りあいが聞こえてくる

煩い


今日はまだ親がいるらしい


さっさとキエレバイイのに


ーーーーーーーー


一筋のキズができていた


寝る前には無かったはずだが

起きたらできていた


自分の爪で引っ掻いてしまったのだろうか?


血も出ない程度のキズ


まるで、自分の歪みたいだ


ーーーーーーー


夕暮れの紅い世界


この時間は静寂と騒音の隣り合った時間だ


そして、夢の色


茜色に染まった女の色


美しい赤色


ーーーーーーー


自分の気持ちなんて決まっている


この世界を捨てて、あの紅い世界を選ぶ


静かな世界を‥……


ーーーーーーーー


ザザ…

       ザザ…ザザザザ…


『お前の気持ち は決まったか』


緋色の女が優雅に問う


「私は此方を選ぶ」


私はハッキリと言い切きると、世界が揺らめいた


『了承した』


緋色の女の輪郭がぼやける


『吾の役目はこれにて終焉。次はそなたぞ』


女の唇が蠱惑に微笑んで、消えた‥‥……


ーーーーーーーー


私は屋敷にいる

緋色の女は姿を消した


理由はわかっている

「緋色の着物を着た私」がその答えだ


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パタリと絵本を閉じた男が優美に微笑んだ。


「あぁ、楽しかった」


「まったく、悪趣味なこと」


男の手のなかにある絵本を見つめて女が優雅に微笑んだ。


世界は夢も現も曖昧で霞みのようなもので仕切られているものだった。

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