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Soft Machine「The Soft Machine」レビュー

カンタベリー・ロック(カンタベリー系)の概要については、「カンタベリー・ロックシーンを整理する」を参照してください。
1st Album
Release Date: 1968
Personnel:
Mike Ratledge - Keyboards
Kevin Ayers - Bass, Vocals
Robert Wyatt - Drums, Vocals

 イギリスのロックバンド、ソフト・マシーン / Soft Machineはその音楽性によって大きく三つの時期に分けられる。ロバート・ワイアットがバンドのイニシアチブを握っていたサイケポップ期(1st「The Soft Machine」~2nd「Volume Two」)。ワイアットの影響力が後退し、代わりにヒュー・ホッパーエルトン・ディーン等が台頭したジャズロック期(3rd「Third」~7th「Seven」)。そして元ニュークリアス / Nucleusのメンバーであるカール・ジェンキンスが主導したフュージョン期(8th「Bundles」~11th「Land Of Cokayne」)である。

 意見の分かれる所だとは思うが、ソフト・マシーンをカンタベリー・ロックという文脈から捉えた時に重要となってくるのは、やはりサイケポップ期ジャズロック期だろう。特にサイケポップ期においてしばしば表出するワイアットのナンセンスなユーモアは、彼がソフト・マシーンを脱退した後に結成するマッチング・モール / Matching Mole、さらにはカンタベリー・ロックの最高峰とも評されるハットフィールド・アンド・ザ・ノース / Hatfield And The Northまで繋がっていく要素であり、そうした意味でもソフト・マシーンの初期の作品群はカンタベリー系を語る上では欠かせない、非常に重要な存在なのである。

 前置きがやや長くなったが、1stアルバム「The Soft Machine」のレビューに入る。まずはアルバム構成に触れねばならない。曲数は13曲だが、3曲ずつメドレーになっているのが特徴であり、実質的には4曲+1曲とも取れる。ソフト・マシーンはライブにおいては数十分に渡って延々とメドレー形式で曲を演奏するというスタイルを取っているが、本作品の構成にもそれが反映されていると考えられる。曲を切れ目なしに繋いでいく手法は今となってはさほど珍しくもなく、有名所ではザ・ビートルズ / The Beatles「Abbey Road」ピンク・フロイド / Pink Floyd「The Dark Side Of The Moon」等が同じ手法を用いた作品として挙げられるが、1968年という時代を考えればなかなか画期的な試みといえよう。

 演奏はデビューアルバムということで初々しさも感じられるが、すでに各メンバーの個性は十二分に表れている。とりわけワイアットの手数の多さと歌心を両立させたドラムプレイがこの時点でほぼ完成しているのには驚嘆する他ない。また、彼の特徴的なボーカルも全編を通してフィーチャーされており、個人的にはこの一点だけでも本作品は唯一無二の価値を持っていると思う。マイク・ラトリッジのキーボードは後の一瞬聴いただけでそれと分かる圧倒的な記名性の音色こそまだ確立されていないが、演奏のセンスに関しては申し分なく、放たれるフレーズの一つ一つが思わず口ずさみたくなるほどに魅力的である。ケヴィン・エアーズのベースも随所で存在感を発揮しており、総じてキーボードトリオとして高い水準にある演奏と評価出来るように思う。

 楽曲のクオリティにも目を見張るものがあり、ワイアットのセクシーなボイスパフォーマンスとラトリッジの白熱したキーボードソロが耳を惹く「Hope For Happiness」、一つのフレーズが執拗にリフレインされる中でキーボードとドラムが次第に熱を帯びていく「We Did It Again」など、どの曲も趣向が凝らされている。メドレー形式で一気に演奏されることもあってか、冗長に感じる部分が殆どないのも良い。まさにサイケポップの名盤と評価するに相応しい充実した内容で、60年代~70年代のロックの音に多少馴染んでいるのが前提ではあるが、この作品からカンタベリー・ロックに入っていくのも一つの選択肢として自信を持って勧められる。

「カンタベリー・ロックシーンを整理する」ではカンタベリー・ロックの音楽性の例の一つに「ロックとジャズの融合」を挙げたが、本作品でも7分以上に渡って即興演奏が繰り広げられる「So Boot If At All」など、ジャズを意識していると思しき場面が少なからず見られる。もっとも彼等の技量は本場のジャズメンには及ばないだろうが、しかしこのアルバムから感じられる「自分達が今まさに新しい音楽を切り拓いていく」という意気込みは、そうしたハンデを超越して我々に強く訴えかけるものがある。例えテクニックでは及ばずとも発想やアレンジで勝負するという精神はカンタベリー・ロックに通底するものであり、それは彼等のみならず英国ジャズロック全体の質をも担保しているように思う。

 なお、エアーズは本作発表後のツアーに疲弊してバンドを脱退するため、このアルバムは唯一バンドのオリジナルメンバーによって制作された作品である。厳密にはデヴィッド・アレンもオリジナルメンバーだが、彼はビザの期限切れによりツアー先のフランスからイギリスに再入国出来ず、アルバムの制作前にバンドを離脱している。アレンはその後もフランスに留まり、ゴング / Gongというバンドを結成することとなる。

PICK UP

01. Hope For Happiness

Sun heart burns, moon glow turns
Stars will trade hope for happiness
Hope for happiness, happiness, happiness

 アルバムのオープニングを飾る名曲。ワイアットの揺蕩うようなボイスパフォーマンスから一転、全体演奏に切り替わる瞬間のテンションに圧倒される。二重に重ねられたボーカルがキメの部分でぴたりと合う演出も格好良い。

02. Joy Of A Toy
 
エアーズ作曲のサイケポップ的な色合いのインストで、彼のベースがフィーチャーされる。
 後にエアーズはソロ活動を開始するが、1stアルバムのタイトルはこの曲と同じく「Joy Of A Toy」であり、本人にとっても思い入れの強い曲であることが伺える。「Joy Of A Toy」はエアーズのパーソナリティが反映された牧歌的な内容で、ソフト・マシーンの諸作とはやや毛色が異なるものの、バンドのメンバーが全面的に参加していることもあり、個人的にはカンタベリー系の周辺作品の中でもマストアイテムの一つに数えられると思う。

04. Why Am I Short?

You may laugh at me
Say I don't deserve
All the things I've had
Sad...

 ワイアット自身について書かれた歌詞がユーモラスな曲。こうした極めて個人的な内容や内輪ネタを含んだ歌詞はカンタベリー・ロックにはしばしば見られるものであり、この辺りに注目するのも楽しみ方の一つといえよう。
 歌詞によるとワイアットの身長は「nearly 5 ft. 7 tall」であり、メートル法に直すと170cm程度か。確かに高身長とは言えないが、自分に流れ弾が飛んでくるのであまりネタにするのは勘弁して欲しい所である。

06. A Certain Kind
 
後年の作品では聴くことが出来ない美しいバラード。ラトリッジの靄をかけるようなキーボードとワイアットの切ないボーカルがデリケートな音空間を形作る。作曲はホッパーで、彼はこの時点ではローディーを務めていたが、後に脱退するエアーズの穴を埋める形でバンドに加入する。

12. Why Are We Sleeping?

It begins with a blessing, it ends with a curse
Making life easy by making it worse

 エアーズの殆ど呟くようなボーカルとワイアットのコーラスが鮮烈な対比を成す傑作。曲の進行に伴って手数を増していき、中盤から猛加速するワイアットのドラムが白眉。彼のこうした才気が迸るような演奏を聴くたびに、後に彼が半身不随の重症を負ってドラマーの道を断たれてしまうことを心底残念に思う。
 なお、この曲はエアーズの5thアルバム「The Confessions Of Dr. Dream And Other Stories」にて、タイトルを「It Begins With A Blessing/Once I Awakened/But It Ends With A Curse」に変えた上で再演されている。原曲からテンポをグッと落として不気味に迫るアレンジは必聴。

2nd→

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