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香りに関する昔話 - 祖父と菊

菊の香りが苦手だ。

僕が幼稚園児だったか小学校に入学したころだったかに、祖父が亡くなった。
どんな人だったのか、どんな声をしていたのか、全く覚えていない。
僕が覚えているのは、葬儀で対面した祖父の顔だけだ。
出棺前、「最後のお別れ」として花を手向ける時間。
僕はまだ身長が低かったので、少し背伸びをして棺の中を覗き込んだ。
亡き祖父の顔がすぐ近くに見えた。
安らかな表情だった。

当時の僕は「死」をいまいち理解していなかったと思う。
僕はたいして悲しい気持ちにはならなかったし泣きもしなかった。
だけど、周りにいた人のほとんどが涙を流して悲しんでいたのはわかった。
そして、湿っぽい菊の香りが会場を満たしていた。

◆ ◆ ◆

それから数年経ったある日のこと。
僕は小学校の休み時間に校庭で遊んでいた。
サッカーとかドッジボールとか、ともかく何か球技をしていた気がする。
いつもの友達と遊ぶ、いつも通りの休み時間だ。

一区切りつき、少し休憩をしていたときだった。
突然、あの湿っぽい菊の香りが鼻をついた。
校庭のどこにも菊はないはずだ。
どこから香ってきたのかわからない。他の匂いを菊の香りと勘違いしたのかも知れない。
だけど僕にとってはたしかに菊の香りだった。祖父の最後の顔が、引きずり出されるように思い出された。
と同時に、なぜか強い吐き気がこみ上げてきた。
我慢できず、僕はそのまま校庭で嘔吐してしまったのだ。

◆ ◆ ◆

それ以来、菊の香りが苦手だ。
菊の香りを嗅ぐと、棺で眠る祖父の顔と、小学校の景色とが交互によみがえる。

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