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#7【1日1冊紹介】科人の「なぜ」の深淵に、現代と変わらぬ困難を覗く。 -第5日目-
『半席』
著:青山文平(新潮文庫)
《座長の1ヶ月チャレンジ 暫定ルール》
・6月の1ヶ月間、1日1冊の本を紹介する記事を毎日投稿する。
・翌日、Twitterにて通知する(深夜の投稿になると予想されるため)。
・ジャンル、新旧、著者、長短編など、できるだけ偏らないようにする。
・シリーズものは「1冊」として扱う(or 1タイトルのみチョイス)。
・数十巻単位の長期連載コミック作品は原則、対象外とする。
* * *
10代の頃、大人になるということはつまり、思い悩むことが減っていくことだと信じていなかっただろうか。
急に何を言い出すのかと思われるかもしれないが、いわゆる「中年」と呼ばれる年齢に差し掛かってきたこともあってか、ここ数年、よくこのことについて考えている。
もちろんこの未曾有の情勢下で、先が見えない不安も相まってのことかもしれません。それに加えて、折しも昨年から今年にかけて、『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』(東浩紀)や、『海をあげる』(上間陽子)、さらには『一度きりの大泉の話』(萩尾望都)といった、自身の特に辛い時期の記憶や、最も重く沈んだ期間を振り返るような内容の、ずしんと深く読み応えのある自伝やエッセイが続けて出版されたこともあります。これらを読み進めるほどに、これほどのキャリアや大きな功を成していると(一般の目線からすれば)認識されるような第一線の人たちですら、これほどまでに一度刻まれた心の傷や呪縛から逃れることが困難で、いくつ歳を取ろうとも人と人とは、こんなにも容易く修復できない関係になり得てしまうものなのか、などとぐるぐると思考してしまうこともしばしばです。
そして、そんなふうに途方に暮れる気持ちになる時にふと、いつも脳裏に浮かぶ小説があります。それが青山文平著『半席(はんせき)』です。
若い御家人の片岡直人は、役職のない小普請(こぶしん)から、幕府の監察役である徒目付(かちめつけ)に就いて二年が経ち、一刻も早く御目見(おめみえ)以上の御役目に就かなければならないと考えていた。直人の父親はかつて旗本に昇進したものの、代替わりの前に小普請に戻されたため、当人のみならず子にも身分を相続させられる永々御目見(えいえいおめみえ)以上になるには、旗本職の二つ以上の御役目を、親子二代のうちに歴任する必要がある。いまはまだ片岡の家は、一代御目見(いちだいおめみえ)――すなわち、「半席」の家格に留まっているのだ。しかし、十五の頃から七年も無役の苦労を味わった直人のそんな気持ちを知ってか知らずか、上役である徒目付組頭の内藤雅之は、仕事の詰まっている直人に声をかけては、頼まれ御用――不可解な人死や刃傷沙汰の、その裏側にひそむ「真の動機」を探ってほしいという、外から持ち込まれる調査依頼を振ってくるのだった。
――「年寄りってのは、青くて、硬くて、不器用な若ぇのが大好きなんだよ。おめえのことさ」
評定(ひょうじょう)所や御番所、つまり裁判や奉行が行われる吟味の場では、罪を認める自白だけが求められ、「なぜ」という動機は問われないこの時代。その「なぜ」を探り当てる頼まれ御用を請けるということは、いきおい事件に関わった者たちの内面に分け入り洞察する、言わば“人臭さ”を伴う事案。であるがゆえに、目付の他の仕事よりも心惹かれるやりがいを感じるも、「半席、半席」と呟き唱えては、自身の目的を思い出して揺れ動く。そんな直人の成長物語を縦糸として、6つの奇妙な事件の「なぜ」を解き明かしていく、いわゆる「ホワイダニット(Why done it?)」を中心に据えた連作時代ミステリにもなっています。
持ち込まれる事件の中心にいるのは、いずれも長年御用(=公務)を務めてきた熟年、あるいは老年の武士たち。ある者は釣りの最中に突然、筏から堀に飛び込み水死してしまい、またある者は酒肴を共にしていた長年の友人にいきなり、刀を振ろ下ろした……。罪は認めても「なぜ」には口を閉ざす科人(とがにん)の心に迫るため、その「なぜ」を射止める足がかりを、直人はつぶさに探り、仮説に結びつけていきます。そうして浮かび上がるのは、身分や組織のしがらみや凝りに縛られてきた老侍たちの、あまりに深い執念と葛藤、あるいは焦燥――。
そのやりきれない因果と真相が明らかになるごとに、これは全く今を生きるわれわれと他人事ではないという思いと、いつの時代も変わらない生きることの困難への強い共感を抱くとともに、少しずつ自らのあり方をも見つめ直していく直人の歩みと決断に、胸を打たれること間違いなしの、深く響き染みわたる一冊です。
(ちなみに、今年になってその続編『泳ぐ者』も刊行されていることを、最近遅ればせながら知りました……)
📘今日発売の新刊
— 新潮社出版部文芸 (@Shincho_Bungei) March 17, 2021
『泳ぐ者』
青山文平
別れた夫を刺殺した女の唐突な自白。
江戸の大川を毎日決まった時刻に泳ぐ男の奇妙な笑み。
些細な違和感に〈未解決の闇〉が広がっていた――。
「なぜ」の奥に、若き徒目付は人の心の「鬼」を見た。
本格時代ミステリー。 pic.twitter.com/96dZ1XBEpO
※ブクログにも短評を投稿しています。
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