葉の名の犬⑤ コミュニケーション


 コミュニケーション

  二月二十二日


 犬は人になれないし、人は犬になれない。

 犬は人ではないし、人は犬ではない。


 犬は犬。人は人。生物種が違う。ある意味では究極の他者。

そのあいだのルールやことばは、ふたり(一人と一頭)で互いに関係を築き上げながらつくっていくしかない。


 どうやって会話をするのか。いつかは通じ合えるだろうという前提だけを頼りにして。

 互いの共通の認識、ルールやことばをともに錬成し、絆を深く強くしていく過程はなかなか容易なことではない。ゆえにこそ、人は足掻く。犬も足掻く。

 人のことば。大声を出す。抱きあげてみる。からだに触れてみる。優しく、強く。つないだ紐をひく、ゆるめる。

 犬のことば。見つめる。なめる。吠える。噛む。強く、弱く。唸る。飛びつく。


 穂の名と私は、五年分の「ことば」の積み重ねがある。

 葉の名と私に、それはない。さらに言えば、葉の名には、彼自身がこれまで出会った別の人間とともにつくりあげてきたコミュニケーションの法がある。(この習慣が案外私を手こずらせている)

 そしてもちろん忘れてはいけないのが、穂の名にも葉の名にも、人間と同等の豊かで微細な感情がある。


 今日の私はよくなかった。

 仕事終わりの疲弊した頭は冷静な判断を鈍らせて、二頭同時に相手をしちまえと自棄になった。

 結果、葉の名を誤解し、すんでのところで穂の名と喧嘩をさせてしまうところだった。


 今晩はもう何も考えずもう眠ろう。そして、明日の朝、頭の中をまっさらにしたら一枚の紙に書きだそう。葉の名のことばと私のことば。私たちの課題、できていること頑張ること。

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