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かつてここに、パラダイスがあった

イタリアの町① シチリア州 パラッツォ・アドリアーノ

 『ニュー・シネマ・パラダイス』というイタリア映画をご存じだろうか。シチリアの小さな村を舞台に描かれたジュゼッペ・トルナトーレ監督の不朽の名作で、日本では1989年に公開された。

 民衆の娯楽といえば、映画くらいしか無かった時代。村に1館だけある映画館『パラダイス座』の映写技師と、映画好きな少年との友情をテーマに前半のストーリーは展開する。そのロケ地となったのが「パラッツォ・アドリアーノ」だ。

 

 パラッツォ・アドリアーノは、パレルモから84km南下した山あいにある人口約2000人の村。抜けるような青空の下に広がる黄土色の石造りの建物群は、美しいとは言い難いが、いくつもの時代を超えてきたであろう風格を漂わせていた。
 撮影は、おもに村の中心の「ウンベルトⅠ世広場」で行われた。広場に面してコムーネ(市庁舎)と教会、数軒の商店が立ち並び、広場の噴水前や教会の階段では村人が集まって談笑している。スクリーンで観た「みんなの映画館広場」そのままの景色だ。ただ、『パラダイス座』だけが無い。『パラダイス座』は実在する映画館ではなく、いわゆる「セット」だったのだ。映画館のセットは撮影後すぐに撤去されたが、コムーネの一角に小さな写真館が設けられ、撮影時の写真、新聞・雑誌の記事、ポスター、撮影で使われた自転車など、映画にまつわるさまざまな資料が展示されていた。

mostra fotografica [Nuovo Cinema Paradiso]
ニューシネマパラダイス写真館


 ウンベルトⅠ世広場を中心に何本かの細い路地や道路が放射線状にのびているが、村全体はさほど広くない。パニーニや飲み物を出すバールはあるが、トラットリアや大きなホテルは無く、1~2時間もあればひととおり見て回れる。そんな小さな村だけれど、排他的な閉塞感はいっさい感じられない。住民は、外国人に対しても極めて友好的に接してくれる。どうやら、はるばる海を越えてやって来る映画ファンは珍しくないようだ。

 村には、前述の写真館以外に映画のロケ地になったことをアピールするものは何も無い。それでも、主人公と同じ景色を見て同じ空気を吸いノスタルジーに浸ることができる。今でもこの村は、映画ファンにとって「パラダイス」なのだ。


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