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REPLICAへの偏見。ミニ香水セットで誤解を解く

「情動ヒューリスティック」。椎名林檎の曲名ではありません。感情的な状態に基づいて無意識に意思決定をしてしまう傾向のことです。速やかな意思決定が行える一方で、誤った判断を生み出すことがあります。

例えば、たまたま飲んだコーヒーが美味しくなかったとしても、全てのコーヒーにあてはまることではありませんよね。私がレプリカに対して持っていた偏見も、たまたま居合わせたスタッフの印象によるもので、まさに情動ヒューリスティックに基づいていました。

この誤った感情的判断をすっきりさせたくて、10種類のレプリカが試せるメモリーボックスを買ってみた結論。やはりというか当然というか、「香りの記憶」というレプリカの挑戦的なお題に対して、一流の調香師が見事に答えを出したフレグランスといえるものでした。自戒の念を込めてざっと短評を残したいと思います。

ちなみにレプリカはオードトワレ(EDT)ですが、一般的なオードトワレよりも持続時間が長く感じられます。調香師は非公開。私が調べた限りの情報であることをご了承ください。


Jazz Club

Jazz Club

明瞭に立ち上るラム酒の香りとバニラの甘美な誘惑。そこに加わるピンクペッパーのスパイシーな刺激。葉巻の煙が漂うプライベートジャズクラブの雰囲気を見事に再現するその香りは、一人静かに過ごしたい夜にふさわしい。しかし、その個性の強さゆえに、まとえるシーンは限られている

場所/時代/分類:Brooklyn/2022/Warm & Spicy
調香師:アリエノール・マスネ

Lazy Sunday Morning

Lazy Sunday Morning

朝の柔らかな陽光が窓から差し込む中、洗い立てのリネンシーツから漂う石鹸のようなフローラルムスクの香りが、心に静かな安らぎをもたらす。まるで一日を優しく包み込むように、その香りは穏やかな幸福を約束してくれる。ベストセラーというのが納得のフレグランス

場所/時代/分類:Florence/2003/Fresh
調香師:ルイーズ・ターナー

Under the Lemon Trees

Under the Lemon Trees

爽やかなレモンの香りがふんわりと立ち上り、次第にレモンピールのほろ苦さとフィグのクリーミーな香りが広がる。シダーウッドの落ち着いたウッディなベースノートが、まるでレモンの木陰でうたた寝をしている情景を彷彿とさせる。クリーミーに残りがちのフィグの香りをレモンが絶妙に包み込みバランスどっているフエギアのFueguierに似た香り。

場所/時代/分類:Palermo/1987/Fresh
調香師:ヴィオレーヌ・コラス

By the Fireplace

By the Fireplace

凍てつく雪景色の中、暖炉にくべるチェスナッツのスモーキーな香りが空間を包み込む。つけた瞬間に感じる甘みと焚き火の驚きが、次第に和らぐと、ほのかに残るのはキャラメルのような甘さ。まるでキャンプ帰りの肌に残る、かけがえのない親友との思い出が詰まった香りのようだ。

場所/時代/分類:Chamonix/1971/Warm & Spicy
調香師:マリー・サラマーニュ

Bubble Bath

Bubble Bath

Lazy Sunday Morningとは対照的に、つけた瞬間からゴージャスなバブルバスの香りが全身を包み込む。「ココナッツミルクのエキゾチックな香りが至福のひとときへと誘う」と言われても、そもそもビバリーヒルズでバブルバスに浸かる自分を想像できないのが残念でならない。

場所/時代/分類:Beverly Hills/2005/Fresh
調香師:ルイーズ・ターナー

Autumn Vibes

Autumn Vibes

バルサムの甘みが増すにつれ、ナツメグやフランキンセンス、オークモスのウッディな香りが次第に影を潜めていく。メープルシロップを彷彿とさせる可愛げな甘み。秋の気配を感じることはなかった

場所/時代/分類:Montreal/2018/Woody & Earthy
調香師:ファニー・バル

Sailing Day

Sailing Day

マリン系の香りは揮発しやすいと言われるが、Sailing Dayはなぜかゴムのような残り香がする。持続時間もオーデコロン並みに短いため、香りを形容する言葉が見つけられない。誰に聞いても「マリン系だね」の一言で片付けられてしまいそうなフレグランス。

場所/時代/分類:Paros/2001/Fresh
調香師:ヴィオレーヌ・コラス

When The Rain Stops

When The Rain Stops
THE FRAGRANCE FOUNDATION 2023 AWARDS WINNER

付けた瞬間から「これは良いフレグランスだ」と予感させるトップノート。パチョリの土の香りを基調に、アクアティックアコードが清々しい水の香りを添え、華やかなローズとピンクペッパーがアクセントを加える。しかし、その香りはときおり消臭ビーズのように感じられ、一度そのイメージが頭に浮かぶと、それが拭えなくなるのが悲しい。賞を取ったほどのフレグランスであることを確認したい誘惑に駆られるが、ボトルを購入する決心はまだついていない。

場所/時代/分類:Dublin/1967/Fresh
調香師:ファニー・バル

Beach Walk

Beach Walk

波が寄せては返す穏やかな海辺、日差しに照らされて輝く砂浜、潮風が運ぶ塩の香り、そして遠くから聞こえるカモメの声。それらが一体となり、心地よいリズムを刻む場所。トロピカルでリッチなココナッツミルクがベースにあり、深呼吸するとベルガモットの爽やかさが広がる。エキゾチックでフローラルなイランイランが香りに深みと華やかさを添えている。たとえ海より山派であっても、こんな香りをまとう自分も悪くないと思えるだろう。

場所/時代/分類:Calvi/1972/Fresh
調香師:ジャック・キャヴァリエ/マリー・サラマーニュ

Springtime in a Park

Springtime in a Park

ジャスミンとスズランのペアアコードで再現された花の香りとフルーティさ。実際の印象は、梅やサクランボのような酸味だ。まるでフルーツの酸味だけを抽出して濃縮したかのような香りで、つけていると、思わずレモンを口に入れたときのような酸っぱい表情になってしまう。持続時間が短く、いつの間にか香りが消えているため、酸っぱいフレグランスという評価がどうにも覆らない

場所/時代/分類:Shanghai/2019/Floral
調香師:ジャック・キャヴァリエ


From The Garden(追加購入)

From The Garden

レプリカの最新作。トマトのフレグランスと聞いて興味を抑えられず、ミニ香水を追加購入した。親子の調香師が手掛けたフレグランスだ。トマトはほんのアクセント程度だろうという予想は見事に裏切られ、付けた瞬間からトマトと畑の香りが鮮やかに脳裏に蘇る。時間の経過とともにマンダリンの香りが現れ、緑豊かな菜園に果実の恵みが降り注ぐように広がっていく。

ブランド名を隠せば、ほとんどの人が「NOSE SHOPで売っている変わったフレグランス」と感じるであろうニッチな調香。メジャーであるがゆえに期待される普及性、悪く言えば商業的な作為を感じるレプリカが、「脱構築」や「反モード」というマルジェラの原点を再認識させてきたことに、新鮮な驚きを覚える。どこか懐かしい、あの頃に戻りたい。このノスタルジックな魅力を放つフレグランスは、過ぎ去りし日の思い出に優しい灯をともしてくれるだろう

場所/時代/分類:Puglia/1998/Fresh
調香師:セバスチャン・クレスプ/オリヴィエ・クレスプ

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