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丹下健三から考えてみる現代の都市インフラについて#1

建築家の丹下健三さんをご存知でしょうか。皆さんになじみ深い建物としては、代々木体育館や、球体を抱え込むフジテレビ本社ビル、東京都庁舎を設計された方と言えばわかりやすいのかもしれません。日本の建築の近代化を支えた丹下氏は「世界の」という冠の付く日本で最初の建築家だと思います。

自分が影響を受けた建築家をあげるとしたら以前紹介しましたライトと同時に彼が浮かびます。

丹下氏は2005年、91歳にてお亡くなりになりました。

2005年3月25日、東京カテドラル聖マリア大聖堂。門下生を代表して辞意を読んだ磯崎新氏は、時折声をつまらせながらこう語っています。

「WILL」という言葉には意思という意味の他に、遺言という意味がある。先生が残された数々の建築はWILL(遺言)になるだろう。そして、もう一つの意味、建築を構築しようとする意思。それを忘れてはいけない。

建築を構築しようとする意思-建築家であり、優れた批評家でもある磯崎新氏は、丹下建築の特性をそう表現しています。ただ、その中で、脱構築が叫ばれ続ける近年において丹下建築の特質である構築性、超越性は、現代の建築界では馴染まないものとなっているのかもしれません。建築家の隈研吾氏もこう語っています。

僕が考えている「負ける建築」に対して、丹下さんは「勝つ建築」の権化みたいな人だった。

隈氏のように、自分の目指すデザインの対極に丹下氏を位置付ける人は少なくないのかもしれません。ただ、その構築主義があるから存在するのが反構築主義であるのも事実であり、対極することの気楽さも反構築主義の増加に拍車をかけているところもあるのではないでしょうか。

それくらい、近よりがたいくらいに丹下健三さんは超越していたのです。

1949年の広島ピースセンターコンペで実質的なデビューを飾った丹下氏にとって建築を考える事は都市を考えることと同義でした。丹下氏を代表とするメタボリスト達は町を建築と一体化したメガストラクチャーとして捉え、建築を都市のインフラとして結びつけてきました。

近年、様々な建築土木インフラの老朽化、それと同時に様々な自然災害、今までにない新種のウイルス感染症により、これまでの都市構造が揺らいできている状況が見え隠れしてきています。

経験したこのない突発的な自然災害により今までの平穏な生活が覆された人々が数多くいます。自然災害を前に人と建築はここまでも無力だったのかと脅かされています。また、これまで必要だと言われてきた都市インフラはネットの隆盛の中で空洞化を起こしつつあります。

新たな都市構造の必要性が訴えられかけ始め、まだその未来は見えていません。

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上の写真は学生時代に撮った代々木体育館の写真です。初めてこの建物を見た際、世の中がどう変容していってもこの建物だけはしっかりと大地に根付き、人の活力の中心にあり続けるのだろうなと思ったものです。その気持ちは今も変わりませんし、建築の持つ力を今も信じています。

ただ、現代での都市インフラの再構想はかつてのようなスターアーキテクツの腕一振りにより成り立つものではなくなってきているのかもしれません。

もっと土着的で繊細で、人間的なものとして。建築家がどこまで開いていけるのかが重要になってきていると感じます。

Archlife


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|建築家|Archlife主宰|株式会社西和人一級建築士事務所代表取締役|金沢科学技術大学校非常勤講師|日本建築士会連合会青年委員会|

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