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【最終章0-3】「タロットに導かれた歌い手たち」|Arcanamusica

MAIN STORY【Chapter2】Arcanamusica —My song, Your song—

著:衣南 かのん
イラスト:ユタカ

#0 -③


「あー……つっかれた……!!」

「また随分と久しぶりだなあ。ひと月経ったか?」

「ようやく一個案件片付いたからな……まじでしんどかった」


 例の案件をなんとか納めた週の、週末。川和かわわは久しぶりに馴染みのバーを訪れていた。


「予定、変更しちゃってごめん、マスター」

「なんの、いつものことだろ。大丈夫だよ。うちは自由だからな」


 バー・Rhythm。小さなステージを携えたこの店では、週に何度か、歌や楽器の演奏ライブが行われる。音楽と酒と食事をゆっくりと楽しめる店、というのがコンセプトだ。

 川和もこの店で、月に何度か、週末のタイミングで歌わせてもらっていた。あの仕様変更のせいで潰れた週末も本当ならばライブの予定だったのだが、やむなくキャンセルとなったのだ。
 今日はその、詫びも兼ねた挨拶である。


 マスターは川和にとっても古い知り合いで、気さくな関係ではあるけれどそこはそれ。親しき仲にも礼儀は必要だと、川和は思っている。

 今日は女性のジャズピアニストがステージに立つ日で、川和もその演奏に耳を傾けながらいつも通りレモンサワーを飲んでいた。
 洒落たバーなのだからもう少し気の利いたものを頼めばいいのだろうけれど、普段缶チューハイくらいしか飲まない川和にとっては馴染みの店と言えど少しハードルが高い。


(あの人……レッジェさんだっけ。ああいう人は、こういう場所でもスマートに注文しそうだよなあ)


 ワンダフルネストに集められた時に会った歌い手の一人をなんとなく思い浮かべる。

 ゲームをする際、隣に座っていた彼は川和より少し年上であろうがかなり落ち着きがあって、仕事も弁護士、となんで歌い手なんてやっているのかわからないような完璧に見える男性だった。

 なんとなく気おくれして言ってしまった自虐を思い出すと、今でも少し恥ずかしくなる。


(それから、いっくんさんとかも。いかにもバーが似合いそうな大人って感じだよな。闇殿≪ダークパレス≫とかはどうなんだろうな、若そうだし、もっとクラブみたいな華やかな場所に行くのか? 
 シブキチくんは……うーん、バーって感じじゃないな……)



 つらつらと、関わった歌い手達のことを思い出す。全員で顔を合わせたのはたった一度だというのに、その時間が濃かったせいか彼らのキャラクターが印象的だったせいか、半年経った今もなんとなく頭に浮かぶ瞬間があった。

 生きている場所も、仕事も、年齢も、性格やタイプも恐らくまったく違う。だけど——歌、という共通点があるせいだろうか。
 変わった人達だとは思いながら、川和はどこかで、彼らに親近感のようなものも少しだけ覚えていた。



「——しずか。スマホ、鳴ってるぞ」

 ぼんやりしていたから、マスターがそう言うまで手元のスマホに気づかなかった。その画面に『川和いずみ』という名前が表示されているのを見て、川和は少し迷ったあと終話を示す赤いボタンをタップする。

「おふくろさんだろ? 出ないのか」


 背後で流れるピアノの軽快な音は、きっと電話にも入ってしまうだろう。そう思って、川和はゆっくり首を振る。

「いいんだよ、要件はわかってるから」

「そうなのか。なんだって?」

「法事の話。今年はばあちゃんの三回忌だから帰って来られるか、って」

「帰ってやればいいじゃないか」

「仕事の都合次第かな。うち、盆は別に休みじゃないから。それに、帰るったって……」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


 なんとなく、子どもじみたことを言いそうになってしまった。疲れのせいか、少し酔いが回っているのかもしれない。

 挨拶もすんだし、これを飲み終わったら帰ろうと考えていたらマスターがぽつりと呟いた。


「お前、やっぱまだ言ってないのか……歌のこと」

「…………」


 小さなその言葉は、聞こえなかったふりをする。
 幸い、ピアノに加えサックスも参加したステージは最高潮に盛り上がっていて、客席からも手拍子が上がっていた。聞こえない理由にするには、十分だ。

 もう一度スマホが震えて、母親から追いかけるメッセージだろうか、とちらと画面を見る。
 するとそこには、伊調弦八いちょうつるや、という名前と短いメッセージが添えられていた。

 

静さん。来週、お暇な日ありますか?
渡したいものがあるんですけど……



To be continued…


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