人と人の境界線について

自分と他者、他者と他者は別の存在ですから境界線が存在します。

理解しやすいように先ずは物理的に考えてみましょう。私という存在は自分の肉体で完結しています。着ている服であろうと自分で買ったモノであろうと、自分の肉体以外の全ての存在は私であるかと問われれば否です。血が繋がった親子であろうが善き友人であろうが学校/職場の苦手なあの人であろうが、自分とは別の存在で彼我には絶対的な境界線が存在します。自分の存在は自分で完結していて自分以外の存在はすべて他者であるという感覚は、物理的に考えると理解しやすと思います。

これを心理的に考えると途端に難しくなります。自分で買ったものは自分の好きなようにしていいと考える人もいるでしょうし、わが子を自分の一部であると考える親も多いでしょう。部下を自分の所有物のように扱う上司もいるでしょう。しかし物理的に考えたときにあったように、本来自分以外の存在は全て他者です。自己肯定感が高く自立した人間はこの境界の設定がはっきりしています。自分と他者の境界が曖昧な状態で「自己」肯定や「自」立ができるわけがないとも言えます。

自分以外の存在を他者と認められると、他者を尊重できるようになります。自分が自分を大切だと感じるように他者にとってもその他者は大切なはずです。そう考えるとたとえ自分と異なる主義主張を持っていたとしてもその考えを認められます。さらに言うと相手が人であってもモノであっても自分以外の存在として、ただ存在することを認められるようになるのです。また他者を一様なものではなく個別無数なものだとも認められるため、多様な志向や価値観が世の中に存在することを認められるようになるのです。これが自他境界を設定できている状態の思考です。

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