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輪廻役場

残ってます?生まれたころの記憶。

いや〜、残ってないですね。

ですよね。わたしも生まれたころの記憶なんて
全くないです。でも一応、皆さんには聞かないといけないじゃないですか。いつも言われちゃうんですよね。そんなの覚えてるわけないでしょって。

あー、そうですよね。僕もきつく返されることが多いです。

えっ、ほんとですか?よかった〜わたしだけじゃないんだ。わたしの聞き方が良くないのかなって悩んでたんです。

聞き方は問題ないと思いますよ。いつも丁寧に、ゆっくり理解してもらうことから始めていますし。ただ、皆さんまだ気が動転してたり、理解できてないことが多いから、つい口調も荒くなってしまうんですよ。

そうですよね。目が覚めたらこんなところにいるなんて、皆さん思わないですもんね。

僕だって初めは驚きました。フッと身体が軽くなったと思ったらここでしたから。

わたしもです。覚えてることもほとんどなくて、当時の担当の方は苦労してらっしゃいました。

その方の記憶だけが頼りですからね…。でも最近は、誕生から終わりまでの間で、一部でも記憶があればすぐ決まるみたいですよ。

知ってます、それ。前世特定期間及び来世確定手続きにおける制度改定についてって、掲示板に貼ってあるの見たって、同僚が教えてくれて。

期間がかなり短縮されますよね。とりあえずその一部に被ってなければいいわけですから。

でも他の部分で被っちゃう可能性ありますよね?生きてる間って、人間関係とか居住地とか、割ところころ変わるもんだし。

そこはもう気にしてられないってことなんでしょうね。まあ本人は全く違う人間ですし、周りの人間が気づかなければ、それで。

でも、もし本人が知らぬ間に思い出の地に辿り着いちゃったらどうするんでしょう?記憶蘇っちゃったら大混乱ですよ。

まあ、それを防ぐために僕らがたくさん質問をして、少しでも多く思い出してもらって、次の人生と被らないようにするしかないですね。

ですね〜。まあでもせっかく思い出してもらっても、来世が確定したら記憶なんて無くなって、真っ新に生まれ変わっちゃうんですけどね。

また一からの始まりですね。赤ちゃんから子供、青年、大人、老人、そして終わり。そしたらまたここに戻ってくる。終わった人生と被らないように、また次の人生が決まって旅立っていく。

でも生まれたころからのことを、出来るだけ事細かに思い出させるのって、ほんと難しいです。実は思い出してても中々話してくれなかったりしますし。

ここに来たばかりの方に多いですね。自分の終わりを受け入れきれないんでしょう。

ただの終わりなんだから、悲しむことはないと思うんですけどね。

あなたはもうここに着いて長いから、その考え方に慣れているだけですよ。人間は、やっぱり死の恐怖と絶望を抱えているものです。

死か…。不思議ですね。ただの人生の終わりなのに。終わればまた次が始まるだけなのに。

それを理解して切り替えられるのは、ここに長くいる者のみでしょう。実際に次が始まる人たちの姿を見ているから、終わりにも希望を見出せる。

確かにそうかもしれません。わたしもここに来たばかりの頃は放心して、自分の人生が終わってしまったことに絶望していた気がします。

そうでしょう。ただ記憶を聞き取るだけでなく、絶望から掬い上げて、次の希望に繋げてあげることが、我々の本当の役目なのかもしれません。

そう言われると誇り高い役目のような気がしてきました。なんかやる気出てきたかも。

ふふ、そろそろ持ち場に戻りましょうか。皆さんがお待ちです。

はい。


「次の方、どうぞ〜」

「あ、あのっ!ここどこですか?!なんか全然覚えてないんですけど、身体が軽くなって、気づいたらここで…!」

「そうですね。まずは落ち着いてください。少しずつ思い出していきましょう。」

「も、もしかしてわたし、死んだんですか…?」

「ひとつの終わりを迎えられただけですよ。次の人生、どうなるか楽しみですね。」

「次の人生って…」

「ひとつずつお伺いしますね。まずは、生まれたころの記憶から。」

そう言って微笑んだ彼女の背中には、白く眩しい翼があった。


#小説 #短編小説 #Loft黄本

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