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奈良時代のパンデミックと「命の経済」~東大寺別当とジャック・アタリ氏の話から

 44の経済同友会が共催した「第33回全国経済同友会セミナー」がオンラインで開かれたのは、4月8日でした。総合テーマは「新しい日本の再設計~コロナショックを新日本創造の契機に~」です。
 基調講演は、華厳宗管長第223世の狹川普文・東大寺別当で、テーマは時宜を得た「奈良時代における医療体制から学ぶ~感染症対策に対する取り組み」。関西経済同友会常任幹事の廣瀬茂夫事務局長との対談形式で行われました。(写真は、全国経済同友会セミナー動画配信画面から了解を得て使用)

 奈良時代の724年に聖武天皇が即位した後、天然痘が735年から737年にかけて流行しました。狹川別当は「国民約600万人のうち25%から35%が亡くなられた」と記録をたどります。収束したのは738年1月といいます。
 奈良時代は大陸との往来が増え、感染症が大陸から九州へと伝わり、それが広がっていきました。いまのグローバル時代の感染症と同じ展開です。
 当時はワクチンも治療薬もなく、農作物を作る人も感染症で減っていきます。狹川別当は、当時は中国のやり方に倣って、感染した人や高齢者、障害のある人など細かく記録する一方、医療福祉体制を整え、医者や女医さんの育成に力を入れたことを紹介します。
 狹川別当は当時のリーダーが、医療福祉や漢方薬の配合に力を注ぎ、薬を日本全国に配られるようにしたことを例に挙げ、国のリーダーの強い責任感の必要性を説いていました。
 この日の話のなかで、最も感動したのは、東大寺二月堂のお水取りが、752年に始まってから途絶えることなく伝承され、コロナ禍の今年3月も万全の準備で行われたということです。今年はNHKの特別番組でも放送され、通常なら拝見できない堂内の様子も映像記録として残されました。
 修二会(しゅにえ)というお水取りの行事について狹川別当は「法要や行事は一番変えてはいけないもの、一番コアなもの」と力説します。それらをどう伝えていくかと考え、昨年夏頃から奈良県立医科大学感染症センターの笠原敬教授ら専門家の指導を仰ぎ、二月堂の現場も見てもらって対策を進めてきたといいます。
 狹川別当は1270回目の今年、「39名が抗原検査を3回受けて、2週間前から隔離状態でやってきた」と言います。民衆の力で続いてきた二月堂への信仰の気持ちを途絶えさせてはならないという、強い使命感を感じました。
 お水取りは3月1日から14日までの毎日、松明が上がりました。通常なら午前0時には境内に2万人の人だかりができます。昨年は人数を制限しても6000人から7000人が集まったそうです。今年は2000人に限定したうえで、3月12、13、14日の金・土・日曜日は奈良公園の春日野園地の大型ビジョンで動画配信しました。信仰を寄せている人々の気持ちもくんだコロナ禍ならではの新しい試みでした。
 さて、経済同友会は、経団連や商工会議所などの経済団体の中でも、トップの個性が発揮されやすい組織です。
 名古屋市を拠点とする中部経済同友会も、そうです。4月19日に市内のホテルで第66回定時総会がオンラインも交えて開かれました。記念講演はフランスの経済学者で思想家のジャック・アタリ氏で、代表幹事に就いた加留部淳・豊田通商会長のネットワークでアタリ氏に講演を依頼したそうです。

(講演するジャック・アタリ氏、名古屋観光ホテルで©aratakmakimihide) 
 演題は「命の経済~パンデミック後、新しい世界が始まる」。講演の詳細は、演題と同じタイトルの著書(プレジデント社)に譲りますが、アタリ氏が「日本は次の世代に何を残せるか考えて、リスクを取ってください」と述べ、長期的な視点を求めていたことが印象的でした。 
 これからは医療や社会福祉、地球環境といった「命の経済」に重きを置いた施策が、1300年前と同じく求められている気がします。経済同友会がセミナーのテーマに掲げた日本の再設計は、「命」から始めたいものです。
(2021年5月17日)

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