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「私、新海誠作品の中で一番好きかも」って左隣の女子高生たちが言ってた『すずめの戸締まり』@先行試写会

残念ながら、私はそうは思わない。

『ゲド戦記』を観た後のような感覚。
『星を追う子ども』を観た後とも近い感覚。
何かが惜しい気がしました。

右隣の男子大学生たちは「ジブリみたいな既視感」と言っていました。
確かに『ハウルの動く城』や『もののけ姫』を想起する映像表現もあれば、「(死の世界に)行って帰ってくる」という『千と千尋の神隠し』的な要素もあります。だから悪い、と言いたいわけではないです。

『すずめの戸締まり』にケチをつけたいわけではないです。
東日本大震災と真正面から向き合って描き切った映像美と音楽の迫力は圧倒的でしたし、総じて今の新海誠さんだからこそできたテーマだったと思うんです。

先行試写会で配布された「新海誠本」収録の企画書前文によると、この物語には三つの柱があると書いてありますが、そのうち2つの柱、「成長物語」も「ラブストーリー」も説得力を感じなかったのが正直な感想です。

ただ、さすが新海誠さんと思ったのが

災害については、アポカリプス(終末後)の映画である、という気分で作りたい。来るべき厄災を恐れるのではなく、厄災がどうしようもなくべったりと日常に貼りついている、そういう世界である。

「新海誠本」より

と、2020年4月の企画書で書いていらっしゃることです。
聡い方々は当然のように予測していたかもしれませんが、コロナパンデミック直後からこのような考えで企画を立てていて、11/11の公開後、おそらく今の日本の多くの観客の共感を生むでしょう。

この映画ではわかりやすい「悪」は存在しません。
モブキャラは大きな問題に気付かぬうちに、厄災は始まって終わっています。
誰も悪くない、ように見える。

新海誠の作家性

本当に日本国民の期待を背負ってメッセージを発する映画作家だと思います。
新海映画のベスト盤と言われる『君の名は。』で国民的ヒットメーカーとなった後、『天気の子』では、ヒロインのように国民からの期待の言葉で自由を奪われ疲弊しながらも、ある種人柱のように「大丈夫」と声高に叫びながら、映画という一瞬の”晴れ間”を作り、観客を明るい気持ちにさせてくれた。当時は現実界も本当に雨がずっと続いていて、それが映画公開あたりで久々に晴れ間を見て、神がかっていると思いました。ずっと「大丈夫」と観客に(あるいは自分自身に)声をかけ続けてきた新海誠さんの極地だと思いました。そして、

「観客の何かを変えてしまう力が映画にあるのなら、美しいことや正しいことにその力を使いたい」

「新海誠本」より

その想いのもと創られた『すずめの戸締まり』は、東日本大震災から10年以上が経過するも、決して消えることない日本人の傷跡を見つめ直して、観客に提示する覚悟があり、だからこそ、3.11に曲を発表するRADWIMPSとのさらなる共鳴も相まって、まさに今だからこそ、観るべき映画だと思います。

「君と生きてきたい」

愚かさでいい
醜さでいい
正しさのその先で
君と生きてきたい

RADWIMPS - すずめ feat.十明

新海映画は、観客の何かを変える力があることを自覚しているからこそ、
シンプルな希望を観客に示しているように思えました。

『天気の子』では、気候変動にまつわる物語を、日本的民俗学をベースに、西洋的な天使をモチーフに交えながら創られた、グローバルな作品であったと思うのですが、今回は右肩下がりに元気をなくす日本人に向けたドメスティックな作品にあえてしたように感じました。

自信(存在意義)を見失ってしまった日本人。
そんなときに欲しい言葉は「君が好き(必要)なんだ」という他者による存在の肯定。
今回の作品でトリックスターとなるダイジンも「すずめの『好き』」を強く欲していて、それが活力になっていました。要石としての役割を終え、良かれと思って自分にできることを必死でやっているとき、希求するのは「好き」という言葉。

今の日本人に必要なのは「明日を生きる活力」で、今までのように「大丈夫」ではなく、今回の映画は「生きよう」ともっと直接的な言葉を観客にかけてくれました。

私は『すずめの戸締まり』が新海誠作品の中で一番好きとは到底いえないのだけれど、日本人の期待を一身に背負って、日本の美しくも儚い姿を克明に映し出しつつ、「君と生きてきたい」と声をかけてくれる。

やはり、この映画は今年観てよかった映画でした。

余談

 2021年、私は車で日本全国47都道府県を回っていました。
活気があるところもあれば、過疎化した場所や東北の震災地で、今だ人の活力が感じられなかった土地もあって、ゾッとしたことを鮮明に覚えています。窓から見える日本の風景は美しいのだけれども、おそらくほとんどが関係を持つことない風景に寂しさもありました。勝手に郷愁を感じるけれど、関わることのない寂しさ。決して忘れ去りたくない。

 だからこそなのか、いろんな偶然の出会いによってそこで暮らす方々と実際に話す機会はとてもありがたい。当たり前だけどその人たちは「生きて」いて、そのしなやかな強さがとても魅力的でした。まるでこのロードムービーの過程で出会う心優しき登場人物たちのように。多分、旅をしたことある人ならすごく共感できることだと思う。タイトルの女子高生たちのように、「新海映画の中で一番好き」というのも、この日本への共感をくすぐったからで、日本に自信を取り戻させてくれたのかもしれない。

私はまもなく教員になるけれど、自信を持ってしなやかに生きていこうとこの映画を観て決意を新たにした次第です。

※Amazonプライムで、冒頭12分の映像が公開されていました!最初のタイトルバックが好きすぎる。

かしこ

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