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「光る君へ」 第15回 おごれる者たち

タイトルがもう出オチ。
中宮となった定子様とついにご成体になった一条天皇。なぜか公任邸に居着く道兼は道長の説得を受け入れ心を入れ替え、内大臣に。ききょう定子のもとに出仕。道隆・伊周の「おごり」ぶりあれこれ(タイトルにするほどだった?)。雅信死去。まひととさわは石山詣で寧子と出会う。道綱大勘違いによりさわとまひろの間に溝が(なぜ??)。


【今日の行成】

またまたお休み(コールドスリープ中)

さて例によって雑な感想を。その前にどうしても…

……一条天皇!!

見た瞬間、ドラマに関するもろもろの「??」な点の80%はどうでもよくなった。…もしやそれが狙い!?辛口視聴者対策!?…まんまとw
本当に御引直衣姿がお似合い。あれはもうご本人ということで。
いや、この大河はもともとビジュアル面(配役やセットなど)すごくいいんだよな。「は」!
NHK FBにあった立像画像をPC壁紙にしたんだけど、スリープ解除するたび「ヒッ…」となる(変えたほうがいんじゃない…)。
行成休みだし、急遽コーナー変更…

【今日の一条天皇】

動くとまた破壊力が増す…。あれは反則。
初登場の後ろ姿から庭の雪景色をバックの笛のシーン、優雅に登華殿にお出ましの姿…悔しいけど「わかってる」スタッフがいるな。
そしてあの予告はどうなってるんです???
あのフラッシュバックなら何度でもOKです(あっちじゃなく)!

  • 冒頭の定子様中宮立后、詮子の職御曹司の遷御は990年だけど道長と道兼のシーンの後、2年飛んで正暦4(993)年になってた。
    991年の円融院崩御、詮子落飾、東三条院となったことはスルー!?
    大きな出来事なのに。いつの間にか円融院は相関図にもいない。

  • なぜか公任邸に居座る道兼。公任は990年に道兼の養女(昭平女王)と結婚してるので本当は舅なんだよな。当初は道兼邸で暮らしてたけど自邸の四条宮に西の対を整えてそこに妻を迎えて住んだので、道兼が公任を「訪ねてくる」のは一応間違っていない。

  • この当時は方替えだなんだと客人が滞在することが普通だったし、公任邸なら道兼の一人や二人、5日くらい居座ったって困らないと思う。

  • 「摂政(道隆)の首を取る」!?時代を混同してない?

  • 道長の言葉にあっさり改心する道兼。道長、僧にでもになるのが向いてるかもよ。ほら、そうすれば民のために働けるんじゃない。辻説教でも思う存分すれば!人物漂白するならそこまで振り切ったらどうだろう!

  • そして993年。蔵人頭 俊賢がおでましを告げ、ついに最終形態主上初登場!
    主上ももちろんだけど、明子との密談場面以外で蔵人頭装束の俊賢がやっと見られた!でも一般視聴者に明子と一緒にいたあの男だとちゃんと伝わったんだろうか?

  • 道隆の人事に「身贔屓がすぎる」と批判的に見てるけど、自分も権大納言になってることはどうなんだろう。
    道長は「身」のうちに入らんとでも?なんで他人事?

  • 「身贔屓」を描くのに高階家を出さないのはなぜ?そっちなら公卿の不満も納得だし、のちのちのあれやこれやでも高階家が絡んでくるのに。

  • 雪あかりの縁で柱にもたれながら笛を吹く主上と目を閉じて聞く定子様。
    音声解説がまたよく「おわかり」で【定子を見つめる帝の澄んだ瞳】…!
    もうこういうシーンだけ見ていたい。

  • 登華殿を訪れた貴子が女房の陰口を耳にする。他の女御に仕える女房ならわからないでもないけど、あの当時は主上のそばには定子様しかいない。となると宮仕えの女房が中宮様のことをでかい声であんな風に言うかねw

  • ききょう出仕。このドラマは陣定の時しか御簾がない世界線だとはわかってるけど、この時代を描くのに「御簾越し」って重要ポイントだと思うんだよな。

  • 主上まであんな開けたところに竜顔を晒すなんて…。それに主上はあんな風にふらっと一人で(関白が先導してたけど)来たりはしないぞ。筵道えんどうも敷かれるし、六位蔵人が使いとして主上からの文を持ってくる。

  • あのシーン、「枕草子」の「淑景舎〜」の場面を思い出す。白昼、みんなが揃ってる中、堂々と二人で御帳台に入るとこ見てみたい。
    この場面が実際起こったのは小右記などの記事によって「長徳元(995)年2月18日」で今回の2年後、主上は数え16歳。
    今回の13歳ではちょっと無理があるけど16歳なら大丈夫!w

  • 道隆、ナレ関白(再び)。

  • 登華殿の改装、公費じゃためなの??前も書いたけどこんなに現代目線でクリーンな道長に描いちゃってこの後どう辻褄合わせる気なんだろう?
    道綱を呼びつける場面、道長(役)の台詞回しとか音楽とか正義漢ぶりを描いてる割になんかコメディっぽいんだよな。

  • 「中宮大夫としてー」って言ってたけど、定子様立后の儀に出なかったよね。

  • 道長、二条邸まで物申しに押しかける。応対した道隆が不吉な一言「体がだるくて」……来ちゃったか。歴史のif語ってもしょうがないんだけど、これだけはもう本当に思う「道隆が長生きしてたら」!!

  • 高松殿。すっかり険が取れた明子のお腹がすごく大きい。生まれるのは頼宗(幼名 巖君いわぎみ)だけど、倫子腹の兄頼通(幼名 鶴君たづぎみ)は1歳上なのでもう生まれているはずなのに出てないな。
    TVガイド版ガイド本のあらすじには「鶴君が生まれていた」とあるんだけどNHK版にはなし。
    あの呪詛はなかったことになってる。まさに憑きが落ちたよう。

  • 倫子の父、左大臣雅信死去。史実では993年7月29日(西暦では8月19日)で秋とは言えない時だけど、劇中ではこの次のシーンで川に紅葉が流れてた。

  • あの大事件「仏法の霊験」7月17日の出来事なんですけど…スルー決定!?
    頼む、なかったことを創るよりあったことそのままやってくれ。その方が簡単なのになぜやらない。“クリエイター”としてそれは「負け」と思うのかな。創作すれば「勝ち」ってもんでもないんだが。

  • まひろ、さわと石山詣をする。道綱、平安男があの状況で「違った」からってやめるか?そしてあの場で長々言い訳するなw
    後の執筆のヒントにするため寧子に会わせたのはわかるけど、道綱の夜這いは何のため?さわとの溝のきっかけにするため?
    道綱が道長に世間話のついでに話すか、後年彰子の局で再会して「えー!?」って展開に使うか、かな。
    もしくは直秀や明子の呪詛と同じく伏線のようでそれっきりのエピかも。


【今日のソウルメイト】 休 み(フラッシュバックだけだったしw)


ききょうこと「清   少納言」が出仕始めて、次回「香炉峰の雪」の再現シーンはあるみたいだけど、公任との「すこし春ある心地こそすれ」の場面はやらないのかな。あれには俊賢も関係するし。
それに行成との交流は!?いい話いっぱいあるのに!演じる俳優さんの組み合わせもイメージ近いし、いいシーンになりそうなのに。
…ききょうは定子様一途、行成は主上一途の描写だけで終わりそうだな。

投影というやつで、脚本家は自分が平安時代に興味がないから一般的にもそうと思い(まぁ間違ってはいないけど)考証の先生の史実ベースの指摘にも「そんなとこまで誰も気にしない」と思って独自の設定に走ってる気がする。
これが興味人口の多い戦国時代だったらもっと緊張感を持って作るんだろうな。
我々は「こんなのが史実と思われたら困る!」と思うけど、実際のほとんどの視聴者は放映後そこまで覚えてないのでその点は心配ない(悲)。史実との相違に気づくのは史実を知ってる側だけで、恋愛パートをメインに見てる人は後年もその場面をこの大河の思い出として語るんだと思う。そういう見方も当然ある。
ドラマをきっかけこの時代自体に興味を持った人はkrmt先生の本などを読めば「!?全然違うじゃん!」と気づくし、そういう人が少しでもいれば初の平安大河の意味があったというもの。
低いハードルが満足の秘訣!何事も全てを望んではいけない。
……そう思って見られるかどうかが視聴継続可否の分かれ道だな。
何度も同じことを書いてるのは自分への暗示のためでもあるからですw

ただ、史実の起こった年を微妙に改変するのはいただけない。
一応「大河」と名乗っている限りはそこだけはちゃんとして欲しかった。
それが歴史ドラマの最低ラインじゃないかな。
創作の都合でそこを動かすと絶対どこかで歪みが出てくる。

そういえばこの大河、史実の逆張りが多い(道長→正義漢、道隆→独裁、紫式部と清少納言→仲良しetc.)けどその中では、今のところは定子様と主上の描き方だけはおかしな捻りもなく大丈夫なようだ。今のところはね。
「逆張り大河」だとしたらもしや道隆も死なず、長徳の変も起こらず、敦康が三条の次に即位して、実資は若くして死ぬ!?w


次回は記念すべき隆家初登場回なんだけど、次も定子様と主上に「!」な場面がある模様。
今週はソウルメイト風味かなり薄かったけど、来週は久々に濃いのがきそう。
抱きかかえてましたよ…。尺、半分はオリジナルパートに持ってかれそう。
定子様&主上、行成のシーン10分と引き替えなら考えてもいい(?)。
ちょっと気になるのがTVガイド本に行成は「初めて目にした美形の帝の姿にキュンとなる」とあること…道長の次は主上か。行成に変な属性つけないでくれ。
行成といえば「シネマトゥデイ」の次回予告記事に黒袍姿の写真が!やっぱり黒袍はいいな。四納言勢揃いシーン早よ!

第16回 「華の影」予告


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