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「光る君へ」 第22回 越前の出会い 

まひろと為時は越前国府(武生市)に到着し、大野国勝、源光雅に出迎えられる。体調を崩した為時の治療に周明が現れる。松原客館で会った通事の三国が殺され、宗人の朱仁聡が連行される。
内裏では伊周が密かに入京するも貴子死去。一条天皇は定子懐妊を知る。


【今日の行成】

1回休み

さて例によって雑な感想を。

その前にひとこと。越前編、長い…。
今日はたぶん45分中35分くらい占めてたのでは?
ヒロインの場面だから「占めて」当然なんだけどね…。

  • 長徳2(996)年、松原客館。

  • 周明って第二の直秀ポジ?
    海を見ても直秀のことは思い出さなかった模様。
    直秀みたいにまた後々「何のための登場だったの?」になるんだろうか。
    ビッグネームらしい俳優さん(芸能情報疎し)を配役してるところを見ると直秀とは違う展開が待ってるのか。

  • 越前国府に到着。「翌日」となってたけど、松原客館と越前って結構離れているよな。どちらも正確な場所がわかっていないみたいだけど、仮の場所を地図で表してみた。都から滅多に出ない平安貴族にはかなりの距離では。

  • そういえば先週、出立して越前に向かう時はすごい人数連れてたけどあの人らはどこへ?今日乙丸しか見なかったし、侍女たちは屋敷付きっぽかった。
    いつも放映後に視聴する呉座先生の大河解説(YouTubeライブ)では「郎党を引き連れて赴任するので手ぶらはありえない」と言われてた。

  • やっと内裏。朱仁聡の「貢物」の羊とオウムを眺める実資と公任。
    初の従兄弟2S場面を演出したかったにしては特に匂わせる発言なし。

  • 通事の三国若麻呂殺害犯として朱仁聡が連行される。
    朱仁聡は実在の人物だけど、越前での詳しい活動は不明。
    『福井県史』通史編によれば長徳元年〜長保2年までの約5年間越前に滞在してたらしい。「権記」にはこの時に献上させた雑物の代金を定子様が遣わすが、すでに朱は大宰府に行った後のため未納となり、朱が愁訴した件が記載されている(長保2年8月24日条)。

  • 事件について左大臣へ知らせた方が!と為時に指示するまひろ。挙句、文まで書くと宣言!!…ありえな過ぎていちいちつっこむのもばからしいんだが。
    国際問題になりかねない事件について国司の娘が左大臣宛に報告書を書く!?

  • 内裏パート2。宗人への対応を話し合う公卿たち。公任に裁定を聞かれるも曖昧な態度の道長。
    なんか今日の道長、また初期設定のぼんやり三郎になってない?道隆に疫病対策を訴えたり私財を投じた救い小屋作ったり(今どうなってるの?)のシゴでき男ぶりはどこへやら。
    毎回違った印象で描くことにより道長の多面性を表現してる!?そこまで考えて丁寧に作られてるドラマじゃないしな。演出家によっての違い?

  • 左大臣として自信がないのか明子に愚痴をこぼす(子どもが増えてた!)。
    自分の一族の策略で失脚させたのを知らないはずはないのにぬけぬけと「お前の父も左大臣であったな」と言う。明子はスルーでなぜか唐突な俊賢ディスw
    明子に押し倒される道長(子ども3人いてあの驚きの表情は何w)。
    道長の方から押し倒すのはまひろだけってことにしたいのか?
    それにしちゃ見るたび子供が増えてるけど。初期とは別な意味の“魔性の女”っぽくなってない?明子のキャラ設定激変を本人に「私は変わった」と言い訳させてるけど、そのきっかけって流産の時優しくしてくれたからだったよな。あんなに呪ってたのにね。

  • ほんとに今さらなんだけどこのドラマに平安みが足りないの、全編現代の話し言葉(時々武士の時代劇言葉)だからというのもあるよな。「お前」はないわ…。せめて「あさきゆめみし」みたいな台詞回しだったら荒唐無稽な内容も少しはマシに思えたかも。

  • 内裏ででかい声で「道長ーーー!」と呼び止める公任。学園ドラマか?
    伊周入京を聞かされた道長のあの素っ頓狂な「何だとぉ!?」は何なの?
    前回もあったけど、どうもこの柄本道長の演技が謎(脚本家の指示?)。

  • 貴子に一目会いたいと言う伊周の望みを叶えてやる公任。
    同じ検非違使別当なのに実資の時はなかったアゲ場面。「俺って優しいからな」??やけに公任に見せ場作るよな。俳優に寄せたとしか。
    ここでも道長は曖昧な態度で公任に丸投げ。

  • 貴子死す。喪服(鈍色!)が初登場!なぜ兼家や道隆の時これがなかった?
    お悔やみを伝えるため道長が定子様の元へ。御簾の中からの対応。
    その後、定子様、道長を側に呼び寄せ懐妊を告げる。
    あの時の道長の苦々しい顔はどういう意味?
    彰子の入内を狙っていたけどまだ若過ぎて叶わず、日頃から定子様の懐妊を気にしていたならわかるけど、むしろ彰子は入内させない方針で野心家でもない設定だったのでは?そもそも移御した後、参入の手引きしたのは自分でしょ。
    …あの時は出家前だったけど、今は出家後だから単に政治上「まずいことになった」っていう表情?…よくわからないんだよなぁ。

  • 主上がいくらなんでも「高階の屋敷に行く」とは言わんでしょ。そんなこと発想すらしない。公務以外だと詮子病悩を見舞うぐらいでしょ。天皇がちょっとそこいらにフラッと出かけられるわけないんだから主上にアホな台詞を言わせないでほしい。今日は主上の出番はこれだけ。
    詮子見てると出家しててもかなり自由そうだけど、文さえやり取りできないもんなの?定子様ご懐妊は実際は主上にどうやって伝わったのかは気になる。


【今日のソウルメイト】
まひろが道長との「関係」を都合よく利用して父親の職ゲットしたり、特別扱いされることに慣れてる感じが腹立つんだけどw
この字を見れば自分と気づいて便宜を図ってくれるはずっていう自信?甘え?
為時が胃痛再発しなくても自分で書いたよね。
挙句、力になってくれないとわかると「随分と頼りない〜」などとぬかす。
逆にまひろは「随分と」偉くなったもんだよなぁ。何様なの?ソウルメイト様?


為時の前任の越前守は誰だったか(平 親信?→伊周の極秘入京を密告した孝義は息子)を調べていたら面白い論文に当たった。ドラマでは越前守補任が娘とそのソウルメイトの手柄(工作)にされてしまったけど、為時と帝の名誉のためにここに記す(そして隙あらば行成)。

越前守藤原為時の補任/久保田孝夫
『江談抄』によれば大江匡衡が行成に対して『源為憲、藤原為時、源孝道、藤原挙直、藤原敦信、藤原輔尹の六人が、凡位ではあまりにももったいないほどの才能をもった人物である』ことを書き送ったという。
またこの時の権守 菅原輔正は為時の学友(先輩)であり、娘を藤原頼任(公任の異母弟)に嫁がせていた。そして彼の次の権守が大江匡衡だった。輔正、匡衡は為時と「詩」を通じた仲間でもあった(二人とも遙任=任国へは赴任せず)。

…この書が送られた時期を考えるに、匡衡が文章博士にすでになっていたこと、そして彼等六人が凡位にあったことを条件としなげればならない。行成の官位をみると長徳元年(995)八月二十九日に詔勅の伝宣、進奏諸儀式や天皇の日常万端にまで関与する蔵人頭に補されている。また匡衡はそれ以前の永昨元年(989)十月一日に文章博士になっており、この長徳元年には侍従を兼ねていた。行成はこの年従四位下で備後権守を兼任していた頃である。そうすると、侍従と蔵人の関係でもあり、この長徳元年頃ではないか という推定が成り立つ。
(中略) すなわち、これの書き送られた時期は長徳二年の春の除目に向けて、文章博士・侍従の匡衡から蔵人頭行成に送られたものと推定せざるを得ない。
(中略)為時の場合においては帝の推挙を促す帝周辺の人物として、為時-輔正-公任、為時-匡衡-行成と繋がる、公任、行成等の重臣達を想定することは、以上のようなことから考えて誤りはないであろう。

越前守藤原為時の補任/久保田孝夫 P.42〜

為時の補任には学者としての能力だけでなく、彼を評価する周囲の人々がちょうど力を持ち始めた時期だったというタイミングも有利に働いたのでは。
説話の逸話だけでなく複数の要素が重なって補任に繋がったのだろう。

* * * * * *

ガイド本後編2種入手。
これは「大河風ファンタジードラマ」なのだという認識を新たにするなど。
35話までのあらすじを読んだけど、奈落の底かと思って落ちたら実は底なし沼でしたみたいな感じ。完走は予想以上に厳しい戦いになるな…。
そういえば行成と少納言、行成と俊賢も放映前に期待してたような場面は後半もない模様。メンツは揃ってるだけに残念でしょうがない。
あらすじによれば越前編は25話の途中まで続くようだ。。。

そういえばパリ五輪(7/26〜8/11)・パラリンピック(8/28〜9/8)の休止はどうなるんだろう。
2021年の東京五輪(7/24~8/9)・パラリンピック(8/25~9/6)の時、「青天を衝け」は5週分が休止だった。
パリは時差が−7時間で20時の本放送時、向こうは13時だから競技時間内。
期間中の日曜日は5回(7/28、8/4・11、9/1・8)ある。
全48話とすると(まひろの人が自身のSNSで17話時点で「あと31話ある」と書いているため)5回とも休止だと最終話は年内で収まらなくなる。
一方で休止ゼロだと最終話は12/1になり、鎌倉殿は12/18、どう家は12/17が最終話だったので12/1だと早すぎる感。
閉会式が現地夜行われる8/11と9/8の2回は休止しないとすると休止3回だけどそれだと最終話が12/22になってそれは遅すぎる気もする…。
青天〜の時は6/23にNHK総局長会見で休止が正式発表されたようだからそろそろか。

第23回 雪の舞うころ 相関図
顕光女元子と済時女娍子登場!

第23回 雪の舞うころ 予告
また下品な姉弟シーン。「よい女でございました」「道長を捨てるなんてどんな女なの」ほんと毎度毎度下世話なセリフをよく思いつくものだ。
そして「頭を冷やせ」と言われてたのは装束からして行成っぽい。。
東宮居貞親王が第一皇子敦明(994年生まれなのでたぶん)を抱いて登場。


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