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イデオロギーを超えろ、友情パワー!––『キン肉マン』完璧超人始祖編

最近家にいる時間が増えたので、『キン肉マン』全70巻を一気読みしました。

今更ながらですが、面白かったです。特に、20年以上の中断を経た新シリーズ、完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)編がすごい。すごいすごいと聞いてはいたが確かにすごかった。あまりにすごくて思いを吐き出したくなったので感想を書きます。

一見さんお断り、でもノスタルジーじゃない

まず、完璧超人始祖編を象徴する画像から。

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『キン肉マン』39巻より。

この画像を引用して『キン肉マン』を褒める記事を見て、先月までの私は首を傾げてましたが、今なら意味がわかります。これ、ステカセキングという旧シリーズ初期「7人の悪魔超人編」に登場したキャラが、マッスル・インフェルノという旧シリーズ最終章「王位争奪編」に登場した大技を発動する場面なんです。

マッスル・インフェルノは「キン肉族三大奥義」の一つ。終盤の強敵、キン肉マンゼブラの必殺技です。初期の悪役だったステカセキングが使えるような技じゃない。でもステカセキングは、戦闘データを記録したカセットを使って、他人の技をコピーできる。だから「格上」のゼブラの技も出せる、というのがミソ。

こんな風に、完璧超人始祖編は旧シリーズの要素を次々に拾っていきます。気持ちいいほどの「一見さんお断り」ぶり、ファンサービスの嵐です。

ただこう書くと、完璧超人始祖編はノスタルジーに訴えるだけ、と誤解されてしまうかもしれません。全く逆です。完璧超人始祖編は、旧シリーズの『キン肉マン』を真っ向から否定する作品なのです。

友情パワーが覆い隠した分断

旧シリーズの『キン肉マン』を一言でまとめれば、「友情」の物語ということになるでしょう。

立ちはだかる強大な敵。ドジで弱気なキン肉マンはピンチに立たされながらも、仲間の正義超人のため、「火事場のクソ力」で逆転勝利。負けた敵は、改心してキン肉マンの友人になります。そして新たな仲間と共に、さらに強大な敵と戦う……そうして、悪魔超人のバッファローマン、アシュラマン、そして完璧超人のネプチューンマンへ、次々友情パワーの輪を広げていく。それが36巻までの『キン肉マン』です。

同時に『キン肉マン』には、戦う「理念」や「価値観」が希薄です。どこかにある大義のために戦うのではなく、目の前の友人・仲間のために戦う。この構造は『ワンピース』にもちょっと近いところがあります(ワンピースは「デカい夢」も重要な要素になりますが)。

これを受け継ぎ新シリーズは、「三属性不可侵条約」の締結から始まります。これは正義超人、悪魔超人、完璧超人という超人三勢力の休戦条約です。広がり続けた友情パワーの終着点、『キン肉マン』旧シリーズの象徴としてこの条約があるわけです。

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『キン肉マン』38巻より。

そこに「完璧・無量大数軍」(パーフェクト・ラージナンバーズ)なるかっこよすぎる名前の完璧超人軍団が現れ、条約を破談にしようとします。彼らが掲げるのは「種に交われば種にあらず」というスローガンです。他の属性に交わることは、属性のアイデンティティを失うことだ。悪魔超人も完璧超人も、自らの信ずる価値観があって、だからこそキン肉マンと戦ってたんじゃないか?友情パワーに取り込まれたお前たちは、自分たちの文化、理念、価値観を見失ってるんじゃないか?ここで彼らは三属性不可侵条約とともに、旧シリーズ『キン肉マン』自体に挑戦しているのです※。

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『キン肉マン』38巻より。

かくして、三属性のイデオロギー闘争が始まります。ひたむきに力を追い求め、たった一度の敗北を理由に自死を選ぶ完璧超人。目的遂行こそ絶対であり、そのためには卑怯も犠牲も厭わない悪魔超人。闘いを相手とわかり合うためのコミュニケーションと捉え、殺し合いを避ける正義超人。キン肉マンの仲間になったはずのバッファローマンやネプチューンマンも、正義超人と距離を取り、古巣の悪魔超人・完璧超人に帰っていきます。旧シリーズがかけた「友情」のベールが剥がされ、隠されていた三者三様の正しさが熱くぶつかり合う。完璧超人始祖編は、かつての『キン肉マン』を否定してはじめて成り立つ、新たなドラマなのです。

ステカセキングの画像が感動的なのもここに理由があります。彼は同じ悪魔超人でも、キン肉マンと死闘を繰り広げ、仲間としてレギュラー化したバッファローマンとは違います。使うカセットを間違い弱体化するという、外見にぴったりのアホなやられ方で敗退、その後もちょい役しか与えられませんでした。旧シリーズで「友情パワー」の輪に入れなかったステカセが、あくまで悪魔超人として復活し、活躍する。だからこそ痛快なわけです。

鍛え直される友情パワー

このように完璧超人始祖編では、旧シリーズの「友情パワー」が否定され、三属性がそれぞれのアイデンティティを取り戻していきます。では超人たちが分断されて終わりなのか。それも違います。完璧超人始祖編は、分かり合えないもの同士が、それでも「友情パワー」を結べるはずだ、という希望の物語でもあります。

たとえば、正義超人は悪魔超人からすれば偽善者に過ぎません。しかしそれでも、悪魔超人アトランティスは、かつて死闘を繰り広げた正義超人ロビンマスクを馬鹿にされ、完璧超人マーリンマンに激昂します。

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『キン肉マン』40巻より。ロビンマスク戦を思い出すアトランティス 。

正義超人の理念からすれば、手段を選ばぬ悪魔超人のファイトは受け入れられないはずです。それでも、ロビンマスクとの闘いを汚させないため、傷だらけで戦い続けるアトランティスの姿に、正義超人や観衆たちは手に汗を握ります。

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『キン肉マン』40巻より。子供を諭すアトランティス 。

完璧超人との間でも同じです。異なる信念を持つ相手であっても、その「正しさ」を理解し、リスペクトを払うことはできる。その果てにこそ、イデオロギー対立を超える、真の「友情パワー」があるのではないか。ネタバレを避けるため詳述は避けますが、新シリーズは最終的に、かつてより強靭になった「友情パワー」に回帰していきます。

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『キン肉マン』60巻(完璧超人始祖編最終巻)より。

つまり完璧超人始祖編は『キン肉マン』を否定して始まりますが、最後にあくまで『キン肉マン』として終わるのです。ここが、にわかファンの私であっても最高に泣けるところでした。ああ、心に愛がなければ、スーパーヒーローじゃないのさ…… というわけで、在宅チャンスの一気読みに『キン肉マン』はいかがでしょう。私は次に『闘将!!拉麺男』読みます。

※なおWikipediaからの孫引き情報ですが、サンケイスポーツ特別版『キン肉マン新聞』によると、『II世』(私は未読)で敵を一括りにしたことへの反省があったとか。

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