【試し読み】研究の中で「私」が何を感じ、その後に実践者と何を見つけたのか──責任、意図(意志と理由)、「むりやりんく遊び」(北本遼太×遠藤賢二)
0.北本回想──2018年6月23日(土)
この日は、いつもプロジェクトで使っていた活動場所である図書館が改装工事のため使えず、別の施設で打ち合わせを行うことになっていた。駅に隣接した複合ビルの地下にある市立の有料会議室に集まり、地元農家さんとのミーティングに向けての話し合いを行う予定であった。すでに参加者との連絡用のウェブ掲示板を通じて、これらの予定を伝えていたが、大きな不安感を私は持っていた。地域若者サポートステーション事業[注1]、略称サポステを行う法人Cと共同して半年前に始まった、若者の発達のためのプロジェクトは回を重ねるごとに参加者が減っていた。
プロジェクト開始当初は毎週土曜日に集まっていた。10名程度の若者たちがどんなことがやりたいのかについてワイワイと楽しく話し合い、様々なアイディアが出てきた。そのアイディアをまとめ、耕作放棄地を使った障がい者就労支援の在り方について考えてみよう、「農福連携」というこれからの福祉の在り方について調べて実際に地元農家と連携して取り組んでみようという具体的な活動方針も出てきた。その後は、集まる頻度を減らし、それでも隔週の土曜日に、プロジェクトを進めるために集まった。元ひきこもりや精神障害を抱える若者たちの取り組みとして地元新聞にも取り上げられた。地元の市議会議員ともつながり、その伝手で地元農家さんとの連携の可能性も見えてきた。グループ名「サークルR(仮名)」も決めた。ロゴも参加者の一人に描いてもらった。しかしながら、活動が進むにつれ、来る若者が減っていった。そしてどうやらこのプロジェクトに来ていた人の中には、法人Cの同じ時間帯に行われる別のプログラムの方にだけ顔を出す人もいるらしい。確実に減り続ける参加者に「なぜだ?」と疑問を投げかけたかった。
プロジェクトに一緒に取り組んでいた指導教員にも図書館から最寄り駅までの車内で、「来ないこと」をどう考えればよいのか? 彼らはどうすれば来るのだろうか? このような愚痴とも、これからの進め方の相談ともいえるような話をすることが多くなった。博士論文の一部にするつもりで取り組んでいた、このプロジェクトがうまくいかないかもしれないという焦燥感を感じていた。
2018年6月23日。ついに若者の参加がゼロとなる日が来た。いつもの図書館の会議室は、大きな窓から日の光が入り、明るく開放的な部屋だった。それに対して、その日初めて使った会場は、窓のない地下室で、無機質な白い机と事務椅子、白い壁。小奇麗という印象以上に、息苦しさを感じる部屋だった。これは、だんだんと参加者が減っていることに私が感じる焦燥感とも関連して受けた印象だったのかもしれない。
集合時間はいつもの13時だった。時間になっても部屋には私と指導教員の2人しかいない。私は何度か駐車場や一階まで行き、参加者が迷っていないか探してみた。誰も来ない。いつも活動のオブザーバーとして参加してくれている法人Cの理事長さんも今日は予定があって来ることができないらしい。少し待ったところで法人Cの職員さんがやってきた。どうやら今日は誰も来ないということを伝えにわざわざ来てもらったらしい。
そのままその日は解散となった。
2週間後には、地元農家さんとのミーティングがあるのだが、どうなるのだろうか。このまま無くなってしまうのだろうか。とはいっても約束を取り付けたのだからそんなことはできないだろう。誰も来ないことを告げに来た職員さんに参加者の普段の様子について話を聞きながら、そんなことを考えていた。
……(続きは、Re:mind Vol.1 にてお読みいただけます)
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