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郷土紙という超ローカル新聞(連載13)コーヒーチケット買収事件

【代打取材】

遊軍記者を用意できるほど人員的にも経営的にも余裕がない郷土紙では、新人が遊軍を兼ねることもあります。もちろん本来の遊軍記者のような鋭い切れ味のキャンペーンを企画するわけではありません。担当記者が同じ時間帯に取材案件が重なったなど物理的に難しい場合の代理程度のことです。新人に回ってくるのは、写真を撮って資料をもらい、ちょっとだけ話を聞けばいいような簡単な案件ですから。

本社がある本郷市(仮称)の隣、湯島市(同)の市立美術館で地元書道家たちの発表会(展示会)が始まったという取材に行くことになったのも、そういうタイミングでした。たまたま文化担当の記者が地元出身の日本画家のインタビューをする日だったため「ヒマそうな新人の気分転換に」と代打取材を回してくれました。
たまには隣の市までドライブというのも悪くありません。

本郷日報では、美術館の取材は基本的に展示会が始まった初日に取材に行きます。前日に取材させてもらえるのは、全国紙の記者やテレビ局もやってくる有名作家の大きな展示会くらいで、年に1度あるかないかです。

美術館の入口で名刺を出してあいさつすると、展示室に案内してくれます。
「きょう、日暮里さん(仮名)はお休みなんですか?」
「いえ、きょうはちょっとスケジュール調整がつかないみたいで」
文化担当の記者の名前が出てきました。


【大切なのは取材後?】

展示室では、地元の書道愛好家の集まり湯島墨究会(仮称)の副理事長さんが案内してくれました。
書道の展示会の取材はおろか、書道展すら初めての私。小学生のときに夏休みの宿題や文化祭の展示でしか書道は見たことがありません。
仕方がないので、書の初歩から教えてもらうことになりました。
こちらは申し訳ないと思うのですが、話す側は、教えるのが楽しいのかかなり饒舌です。メモをとるのが追いつかないくらいです。

通常、こういう地元の芸術家の集まりによる展示会の取材は、本郷日報もライバル紙の南遠浜新聞も文化担当の記者が毎週訪れます。
取材する側が勝手知ったるという状況です。取材相手も年に1、2回は会っている相手なのでテーマと展示点数、ポイントとなる作品を教えてもらい、会の責任者(会長や主宰など)のコメントをとれば完了です。後は来場者に声をかけて鑑賞している状況の風景に入ってもらう写真を数枚撮るだけ。記事も30~50行程度というルーティンワーク。載せることそのものが大切ともいえます。

編集局長の口グセが「(取材に)行ったとわかればいいから」ですが、まさにその典型。
記事によっては昨年の記事をそのまま流用。日付とテーマ、コメントだけ入れ替えるというくらい毎回同じものが載っています。相手もそれで良しとしているようです。

この手の取材で重要なのは、その後の雑談です。ここで関係性を深めていきます。
地元の絵画や書道の会を始め、文化・芸術系の団体、サークルはいろいろな人が会員です。政治や経済の表側からの取材では入ってこないような情報が入ってくることもあります。
雑談であり、ウワサ話の域を出ないことが多いですが、ときにはここから地元の政治関連のスクープが出ることもあります。


【ウチは自由で上下関係がない】

今回は、代打の私が顔を出したのでフランクに雑談ということにはなりませんでしたが、日暮里記者の取材時の様子や社内では見せない横顔が少しわかりました。
まったくわからないままの取材だったので、どのような団体なのかというあたりから聞いてみました。
「ウチの会は、自由な雰囲気を大切にしています。上下関係がないのが特徴です」
と自信を持って答えてくれました。

といいつつ会場の作品展示は、肩書とほぼ一致するような並びでした。
作品をながめつつ湯島墨究会のパンフレットをあらためて拝見すると、主宰、師範、理事長、副理事長、幹事、幹事補佐、渉外理事、会計…といろいろな肩書がえらい人と思われる順に並んでいました。
ごていねいにも「(順不同)」と書かれています笑。


【コーヒーチケット】

取材を終えて礼をいい、展示室を出た直後、副理事長に呼び止められました。掲載日がいつなのか聞きたいのかなと振り返ると小さな紙切れを手渡してきました。
「帰りに隣で飲んでいってください」
美術館に併設されているミュージアムカフェのコーヒーチケットでした。

え?

ちょっと怪訝そうな顔をしている私に「お腹すいているのでしたら、私の名前で食べられますからご遠慮なく」

あいまいな笑顔のままその場を引き取り、いったん美術館の外に出ます。
まだ記者になって3カ月の私にはどうすればいいかわからなかったので会社に電話します。
「いつもそうだよ。コーヒーでも飲んで帰ってくれば。腹減ってるならあそこのハムサンドはうまいよ」
と編集局長。
そんなものなんですか。

どうやら湯島墨究会に限らずミュージアムカフェのコーヒーチケットを郷土紙の記者に渡す文化団体やサークルは多いようです。
その後も年に2~3回くらいは代打で取材に行くことがありましたが、ライバル紙の記者がミュージアムカフェでコーヒーを飲んでいる姿を見かけたこともあります。この地域の習慣になっているのでしょう。

取材相手にごちそうになる。決してほめられた行為ではありません。郷土紙という狭い世界のメディアにいると、こういうこともあります。
相手が公務員ではありませんし、批判しなければならないような公人とは違います。
県紙の記者は、かたくなに断る人のほうが多いようです。大きな組織ですからそれが当然だと思います。
コーヒー1杯で筆が曲がるというかキーボードを打ちまちがえるようなことはありません。
このあたりは、意見が割れる… どちらかといえば批判が多いかもしれませんが、郷土紙の現実でもあります。
そして、私の感覚もだんだん麻痺していきます。


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