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読書感想文「るん(笑)」

Amazonの購入履歴によると、2021年1月にワタシはこの本を購入したらしい。履歴を検索するたび、統一性なくズラズラと並ぶこの購入履歴を目にした人にとって、ワタシという人間はどういった趣味趣向を持っているように見えるのだろう?なんてことを考える。

同じような人も多いと思うけど、ワタシは昔から『自分の見ている世界と他人が見ている世界は同じなのか確認してみたい』とずっと思っている。

例えば、赤いものを見て「赤」とみんな言うけれど、ワタシの見えているこの「赤」と他の人の見ている「赤」は同じ色なんだろうか。ワタシの認識する「赤色」は他の人の「緑色」なのかもしれない。ただ、それを「赤」と呼ぶと決まっているので、同じように「赤」と言っている。でも、本当に見えている色は同じなんだろうか。とか。

他にも『他の人にとっては見えているのが当たり前過ぎてあえて口に出したりしないような物』が、見えていないけどワタシの目の前にあるかも知れない。逆もまた然りで。ワタシの目の前に存在している、あえて言葉にしないし会話にも上げないようなあれやこれやは、みんなも認識しているんだろうか?なんてことも考える。

他の人はこの世界をどのように認識しているんだろう。

そんなことを考えているワタシは、今ここにある現実世界と同じようでいて同じでない、どこか不思議な、歪んだ世界。そんな世界において普通と言われる生活をしている人を書いた物話が大好きだ。

さてさて。本題に戻って。
この「るん(笑)」を読みたいと思ったのは、どこかのブログで紹介されていたのを見たからだったと思う。

コピー文は

「スピリチュアルと科学が逆転した、心の絆が生み出すユートピア・ニッポン!」

この時点でワクワクが止まらない。

結婚式場に勤める土屋は、38度の熱が続いていた。
解熱剤を飲もうとすると妻の真弓に「免疫力の気持ち、なぜ考えてあげない」と責められる。
……「三十八度通り」

真弓の母は、全身が末期のわだかまりで病院のベッドに横になっていた。
すぐに退院させられ、蟠りを「るん(笑)」と名付ける治療法を始めるが–––。
……「千羽びらき」

真弓の甥の真は、近くの山が昔の地図にはないと知り、登りはじめた。
山頂付近で、かわいい新生物を発見する。それは、いまは存在しないネコかもしれなかった。
……「猫の舌と宇宙猫」

帯文より

どことなくジメジメねっとりとした空気を感じさせられる世界の日常が描かれている「るん(笑)」

思考を読まれると本気で信じていたり、血液型にこだわったり。かつて人間の代わりに犠牲となったと言われる『龍』に贄を与える習慣があったり、霊的なものが当たり前のように信じられているこの街に住む人々の「日常」は、とてもいびつだ。

病院に行くなんて地縛霊になりに行くようなもの。薬を飲むなんて言語道断。病気になれば心縁の者が愈水を作って飲ませるのが常識。38度以上の熱を出す人間が増え続けているために、平熱は38度へと引き上げられる。

また、科学的根拠よりスピリチュアルを優先するこの世界では、文字にもその考えが用いられていて、「病気」のことを「丙気」と言い「やまいだれ」を取る事で病から遠ざかろうとしていたり、「疲れ」は「憑かれ」と表現されていたりもする。

読めば読むほど、この世界では言葉だけにとどまらず、見てはいけないもの、気付いてはいけないものから全力で目を逸らし続けるように世界が構築されているように感じる。
しかし、そのいびつな世界こそが『当たり前の世界』であり、その世界にふさわしい振る舞いこそが『常識』なのだ。

奇妙な、全てを受け入れる事なんて出来そうもない世界感なのだけど、たぶんこの作品の中の世界は、今現在ワタシのいる世界と同じ世界と同じ世界なのだと思う。

ただ、認知の仕方が違うだけ。

本文にも「間違ってるんだ、こんなの」と科学的根拠のない”龍に贄を投げる”住人達に対して非難の声を上げる人は出てくる。彼は警官によってぼこぼこにされ、一瞬にして舞台から消えてしまうのだけど、あの世界の中にいても、彼は世界を同じモノとして認識していない。

本の中に書かれていない、見えない部分で生活している人の中にも、彼ほど強くは無くても彼と同じように社会に対して疑問を抱いている人もいるだろう。しかし、生きていかなくてはいけない世界の居場所を守るために、それとなく同じように見せかけながら生きているのかもしれない。
そのせいで、あの世界はますますいびつさを増してしまうのだろうけど。

こちら側の現実世界にも、この世界の常識を擬態しつつ、あちら側みたいな考えを持ちながらこの世界を生きている人もいると思う。

もちろんワタシは、どちらが正しくてどちらが間違っているなんてそんな話をしたいわけではない。

こちらが確固たる自信を持って言い切れることであっても、向こう側の人からすれば馬鹿馬鹿しくてお話にならないことだってある。
そしてそれはこちらにとっても同じことで、向こう側の意味のわからない強い主張がどれだけ馬鹿馬鹿しいと思っても、向こうからすれば確固たる自信を持って主張していることなのだ。

同じ世界にいるから。
おなじ言葉を使っているから。
外では同じように振る舞っているから。

だからといって、世界を同じように捉えているとは限らない。

この世界の本当の姿って何なんだろう?

ワタシと同じようにこの世界を認知している人はどれくらいいるのだろう?

この本を読んで、今まで以上にそんなことを考えるようになってしまった。

違う世界線の話。

なのかな。


最後に。
ちょっと引っ張られてしまうかもしれないので、個人的に、この本は元気な時に読むことをお勧めします(笑)


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