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システム開発

「出来た!ついに完成したぞ!」

 苦節15年。やっとこのシステムが実用レベルにまで到達した。
 いやあ長かった。本当に長かった。

 僕はマシンが乗っている机に飾ってあった彼の写真を手に取ると彼の顔のラインにそっと指を這わせ、僕に笑いかける彼の目をうっとりと見つめ返した。

 ああ。やっとこの時がきたんだ……

 僕は彼の写真をフォトフレームから外し、ゆっくりとマシンにセットすると大きく息を吐き出した。ふう。そして指先にチカラを込めながらマシンの赤いボタンをポチッと押した。

”ういいいいいいいいいいいいいいん……”

 部屋中にモーターの音が響き渡り、それと連動するようにチカチカと部屋中の電気が瞬きはじめる。

 チ カ チ カ チカチカチカチカ……

 今までくらったことのないレベルの激しい明滅で一瞬にして気持ちが悪くなってきた。うげえ。でも僕は負けない。なぜならこの試練に耐えきれば明るい未来。そう、天国のような明日あしたが僕を待っているのだから!

 とはいえ、このチカチカはちょっと想定していた以上にダメージが……

 ぐふっ。

 喉の奥底から込み上げてくるモノ。激しい頭痛。それに加えて眩暈と闘いながら薄れゆく意識の中で、僕は視界の端にテレビのテロップでよく見る『フラッシュの点滅にご注意ください』っていうアレが浮かび上がって見えたような気がした。

 今までバカにしててごめんなさい。

 うげえ。


ーーー
 物音ひとつしない無い真っ暗な世界で僕は目が覚めた。

 あれ? 一体僕は何をしていたのだろう。気持ちが悪いだけじゃなく頭もガンガン痛いしもう最悪。心地よいひんやりとした床の冷たさを頬で感じながら、僕は自分の身に何が起こったのかを思い出すために、記憶の糸を手繰り寄せる。

 ういいいいいいんチカチカチカチカ

 ああそうそう。思い出した。あのマシンが完成したんだった。そして動かして……
 と、いうことは?!

 僕は勢いよく顔を持ち上げ、そして心の底から後悔した。

 オロロロロロロ。
 こういう時は勢いよく体勢を変えちゃいけないよね。うん。

 オロロロロ。


 しばらく床とお友達になりながら、なんとか落ち着いてきた僕は、マシンが本当に成功したのかを確かめるべく、その場できっちりと正座すると両手で自分の顔をそっと挟み込んだ。そしておでこや鼻筋もそっと撫でてみる。

 うん。よくわからない。

 そもそも、自分の顔を手で撫でて確認するだなんて産まれてこの方一度もしたことが無いのに、今こうやって触ってみたところで僕の顔が本当に変化したのかしていないのかわかるはずがない。そんな簡単なことにすら気が付かないだなんて。思っている以上にあのチカチカのダメージは大きいらしい。

 そうだ。鏡。鏡だよ!
 僕は真っ暗な部屋を飛び出すと、鏡のある洗面所へと急ぐ。研究室から洗面所までは二十歩ほどの距離。

 さあ、いざ、ご対面!

 と、その時。

 ”ピンポーン”

 狙ったかのように玄関のチャイムが鳴った。


 誰だ。この忙しい時に。
 僕は今この家にはいない。いませんよー。
 気配を消しつつ、そろりそろりと床のきしむ音が鳴らないように洗面所へ向かおうとする。しかし、そんな僕をあざ笑うかのように”ピンポンピンポンポピンポンピンポンピンポン”と玄関のチャイムが僕に苦言を呈するかのように連続で鳴り響いた。

 動くのをやめて気配を消すことに集中してみても玄関の“ピンポン”は鳴りやまない。このままだとご近所迷惑だ。仕方がない。僕はあきらめて玄関へと向かうことにした。

「はいはい。今行きますよー」

 不思議なことに、玄関へ行くと決めたとたんに“ピンポン”はピタリと鳴り止んだ。

“ピンポン”が鳴り止んだのなら、やっぱり洗面所へと向かおうかな。

 僕がそう考えた瞬間、それを見透かしたかのようにまた玄関の鬼ピンポンがなり始める。嘘です。嘘ですから。ちゃんと玄関に向かいます。

 僕の心の謝罪を受け入れてくれたのか、またしても“ピンポン”はピタリと鳴り止んだ。なんだよ。だれだよ。本当にもう。

「はい。なんでしょう」

 ガチャリと音をたてながら玄関の扉を開けると、そこには『彼』が立っていた。

 え? うそ? どういうこと? なんで彼がここに居るのさ? 

 パニックになりつつ僕が動けないままでいると、彼はおもむろに口を開いた。


「回覧板でーす」

 はあ?

「じゃあ、そういうことで」

 あっけにとられたままの僕の手に回覧板を押し付けると、彼はそそくさと向かいの家へと入って行った。そう。まるでそこが自分の家かのように。

 いやいやまってまって。
 お向かいのお宅には彼も、ましてや彼にそっくりな人間も住んでいなかったはずだけど? って、もしかすると……。

 僕は玄関に散乱していたサンダルを適当につっかけると、急いで家から飛び出した。

 まさかまさかまさか


 昼間の誰もいない住宅地を抜け、人通りの多い駅前までやってきた僕は自分の目を疑った。なぜならそこには僕があのマシンにセットした写真に写っていた彼が。お向かいの家に当然のように入って行った彼が。そこかしこにうじゃうじゃと歩いていたのだから。

 老若男女どこもかしこも彼の顔。

 同じ顔がこれだけたくさんあると爽快を通り越して気持ちが悪い。うげええ。うわっ。あの彼が連れてる犬の顔まで彼になってるじゃないか。ぬおっ。飛び出してきた猫っぽいアイツまで彼の顔が付いている。人面犬に人面猫……。ふと見上げると、伝線に止まっているスズメらしきものまでもが彼の顔になっている。人面鳥……?

 ああ、やっと完成したと思ったのに失敗だったのか。

 僕が研究を重ね作り上げたのは『自分を好きな人間へと変身させられるマシン』。本当なら彼の顔になるのはぼく一人で、僕はあの彼の顔でモテモテウハウハな人生をこれから送って行くはずだった。

 がっくりと肩を落とし、噴水の前にあるベンチに座った僕は街の人たちをぼんやりと眺める。あっちを見てもこっちを見ても彼ばかり。しかし、同じ顔が街中に溢れているにもかかわらず、皆いつもと変わらない日常を送っているようだ。おかしいなあ。自分とすれ違う人間すべてが同じ顔をしているだけでなく、そこかしこにいる動物たちまで同じ顔になっているのに違和感を感じないのだろうか。

 あっ! そうか!

 もしかすると、皆の顔が彼の顔に見えているのは僕だけなのかもしれない。あの明滅でちょっと脳がやられてしまっただけなのかもしれない。うん。そうだ。そうに違いない! なら何の問題も無いじゃないか! さあ、家に帰ろう!

 元気を取り戻した僕は、ショーウィンドウに映る自分の姿を見て呆然と立ち尽くした。

 だってそこには『彼』じゃなく、紛れもない『僕』がいたのだから。

 ちくしょう。


 僕だけブサイクかよ。

<終>

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