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【短編】思いがけない効果

 一度閉じたカーテンをめくると窓にはしっかりと鍵がかかっている。

 僕はスマホの画面越しにそれを見ながら「窓OK」と声に出し、映像と共に自分の声もしっかりと記録した。全部の窓を周り終えた僕は洗面所に向かうと、スマホの画面に蛇口を映しながら「洗面所OK」と記録を続ける。

 洗面所の後は台所。水栓とガス、給湯が全て切れているのを同じように録画する。そしてスマホを録画状態にしたまま家中の電気が消えていることを確認し終えた僕は玄関へと向かう。スマホの録画は切らないまま僕は靴を履き、玄関を出ると鍵をかけた。

「玄関の鍵OK」

 家の鍵をカバンの内ポケットにしまうところまで録画すると、僕はやっとスマホの録画機能をオフにした。

ーー
「最近どうですか?」
 少しくたびれた白衣に薄いストライプのシャツとベージュのチノパン。いつもと同じ服装の先生は、僕が椅子に腰掛けるといつものこの言葉から会話を始めた。僕の中の不安がひっそりと身を隠したのを確認して僕は話しだした。

「前よりも出かけることがほんの少し楽になった感じです」
「それはいいですね」
「ええ。でもまだ不安が消えたわけではないんですが……」
 そう言った僕に先生はにっこりと微笑みかけた。

「いいんですよ。不安は無くしてしまわなくてもいいんです。あって当然の感情なんですから。むしろ無理に消そうとすればするほどその存在感は増していきますし」

 先生と話をしているうちに僕はカバンの中のスマホが気になりはじめた。その様子に気がついたのか、先生は話を途中で止めるとこう言った。

「どうぞ。気にせず見て下さいね」

「ありがとうございます」
 そう言うと僕はカバンの中からスマホを取り出し、画像フォルダの中から今日家を出る前に撮った動画を選び出す。

「僕も見せてもらっていいですか?」

「ええ。どうぞ」
 僕のその言葉を聞くと、先生は僕の手の中にあるスマホを覗き込んだ。

 画面ではルームツアーのように順番に家の中が紹介(?)されていく。ネットなどで見かけるツアーなどとは違って生活感溢れる狭い家。先生が僕の部屋を見ているのだと緊張したのは始めの数秒だけで、鍵、水道、ガスのチェックに必死になった僕はそこが診察室であることも先生が覗き込んでいることもすっかりと忘れ、動画を繰り返し再生してしまった。

 何回か再生し、少し落ち着いた僕はそこが診察室であることを思い出した。

「あ……。すみません……」

 慌ててスマホをカバンにしまい込む僕を見ても先生は笑顔を崩さない。

「大丈夫ですよ。そんなに気にしないでください。こうやって気になった時にすぐに確認できるっていうのは便利ですね。今まで出ていた『チェックした項目のスイッチを切り替える』タイプも画期的だなと思っていたんですが」

「そうですね。あのタイプもいいんですが。でもあれはチェックしたのが本当に今日、さっきの事だったのか。ひょっとしてこの項目をチェックしたのは前回だったんじゃないかとかそういうのもあって。何回もチェックを全てオフに戻し、それを何度も確認して『今オフにした。絶体に』とやってもそれでも不安になって、もう一回始めから。なんてことをしているうちにその日は出かけられないなんてこともありましたね」

「なるほど。そういうこともありますね」

 先生はうんうんと頷きながら僕の話を聞く。

「家を出られるのって本当にスゴイことだと思うんです。でも普通の人はもっと気楽に外出できるんだろうな。なんてことを思うとどんよりとした気持ちになったりもするんですけど」

「そこは焦っちゃだめですよ。比べるなら周りの人とくらべるんじゃなく、症状が重かった時の自分と比べるんです。今日だってこの場所に来て、僕と話をしてくれている。これはすごいことです。それに僕はすごく驚きました」

「驚いた?」
 僕は小さく呟くと、なぜ先生が驚いたのだろうと考え始めた。

 確かにスマホで確認する方法は先生に聞いたのではなく自分でネットで調べた。でもこれをはじめてから先生と話をするのは今日で二回目なのでスマホの話ではない。

 ならば場面場面で区切るのではなく一本の動画として保存することで、全てが同じ日であると分かるように工夫してあること?なるほど。先生が動画の内容を見るのは初めてだもんな。

「ああ、そうですね。この方法は……」
 そう話し始めようとした僕より少し早く先生が口を開いた。

「人と関わることってね、やっぱりすごく大きいことなんですよ」

「人?」
 思いがけない言葉に困惑した僕の顔を見て、先生は不思議そうな顔になっていく。

「さっきの動画の中の方ですよ」

 僕はカバンからスマホを取り出すと、もう一度動画を再生しはじめた。

「ほら、この方」
 先生が指さした先には長い髪の毛で顔を覆い隠した女性がリビングのソファに座っていた。

「先生。僕が家を出る時こんな人はいませんでした。この人は一体……」

<終>

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