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【短編】家に誰かいた?

 ぽつりぽつりと寂し気に立ち尽くす街灯が照らし出す道の先は、この世ではない場所へと続いているような気持ちにさせられる。タイヤの下でじゃりじゃりと普段は聞きなれない音が鳴り続けているのを聞きながら、僕は車を走らせていた。

「ねえ。怖い話してあげよっか」

 こういうなんとも不安になるようなシチュエーションになると、彼女はいつもこう言いだした。

「嫌だよ。僕が怖い話嫌いなの知ってるだろ」

 そして僕は毎回同じようにこう返すのだが、彼女は僕の言う事なんて全く聞く耳を持たずに怖い話をはじめるのが常だった。

「今日はちょっと違う方向でいってみよっか」
「なんだよ。違う方向って」

 チラリと助手席に目をやると助手席の彼女は窓の外を見ていて、僕からは彼女の表情を見ることが出来ない。どうせいつもみたいに何かを企んでいるような顔をしているんだろう。僕は小さくため息をつくと視線を前に戻した。

「あなたは今自分の家の玄関先に立っています」
「なにそれ?」
「いいから言われた通りに想像してみてよ」
「ああ。はいはい」

 僕は渋々彼女の言葉に従い、見慣れた玄関ドアを頭の中に思い浮かべた。

「想像したよ?それで?」

「じゃあ、玄関のドアを開けて家の中に入ってみて」
「ああ」

 面倒くさいなと思いながら、僕は頭の中で玄関のドアを開けて家に足を踏み入れる。平日に履く僕の革靴が隅に揃えてあり、その横では彼女のヒールがお世辞にも綺麗に並んでいるとは言えない状態で脱がれている。
 視線を上に持ち上げると廊下の向こう側、リビングのベランダの先にどんよりと曇った空が見えた。

「入ったよ」
「そのまま、手前の洋服部屋から順番に見て回ってくれる?」

 言われるがまま、玄関を上がった僕は左手にある『洋服部屋』と僕たちの間で呼ばれている物置部屋を覗き込んだ。扉のない壁付けのクローゼットには見慣れた洋服たちが並び、窓の横にある棚には二人の初めてのデートで購入したクマのぬいぐるみがチョコンと座ってこっちを見ていた。何も問題ナシ。
 
 部屋を出た僕は、向かい側にある寝室へと向かった。掛け布団がベッドの足元でくしゃくしゃに丸まっている。そろそろシーツを洗わないとな。ここも問題ナシ。

「トイレも見るの?」
「もちろん。全部の部屋を見てよ」
「わかったよ」

 僕はトイレ、洗面所、お風呂場、キッチンと順番に回る。扉を開ける前は誰かが居たらどうしようと毎回ザワザワとした気持ちになったけど、いざ開けてみると誰もいなくてホッと息をつく。

 最後はリビング。
 リビングの扉は開いていたので、扉を開ける前の何とも言えない気持ちはなかったものの、足を踏み入れた瞬間、なんだかとても嫌な気持ちになった。

 いつも明るいリビングの灯が消えているからそう感じるだけなのだろうか。それとも空のあのどんよりとした空気が不穏さを身にまといながら窓から入り込んできているのだろうか。

 落ち着かない気持ちになりながらも、僕はサッとリビングを見回した。

 不安を掻き立てられる以外は変わったところのないリビング。

「全部見たよ」

 僕は自分の家から離脱して、現実世界へと引き上げる。そんな僕に彼女はいつもより暗いトーンでこう話しかけた。

「誰かいた?」

「いや、誰も。何となくいつもキミが座っているソファーが、こんなこと言っちゃなんだけど、気味が悪いような気がしたような気もしたけど」

「そっかー」

「で、これって何なの?」

「これね。家の中にお化けがいるかどうかわかるんだって。どこかに誰かがいたら、その場所にそのお化けがいるってことらしいよ。家に誰もいなかったんだ。そうか。そうなんだね。よかった」

 そう言った彼女の声はなんだか少しだけ嬉しそうだった。

「何?いっつも怖い話ばっかりしてくるくせに、家にお化けがいたら怖いとか思ってたわけ?」

「そんなんじゃないよ。だって、私が同じように見て回った時、リビングのソファーに人が座ってたし」

「え?それってリビングのソファーに誰かの幽霊がいたってこと?ちょっとやめてよ。そういう怖い事言うの」

 僕は背中にゾワゾワとしたものが這いまわるような感じを覚えながらも、少し茶化した感じで彼女にそう言った。

「えー?怖い?お化けなんてどこにでもいるもんじゃないの?全然怖くなんかないよ」

「じゃあ、なんでさっきちょっと嬉しそうだったの?」

 そう言った僕に彼女は窓の外を見続けたままこう答えた。

「お化けがいないってことは、アナタの中では私はまだ死んでないってことだよね。それがなんか嬉しいなって」

 僕は思わず彼女の顔を見る。窓に映る彼女の眼は外の景色など全く見ておらず、半開きの口や鼻からは濁った液体が垂れて彼女の服の胸元に染みを作り出していた。

「キミは死んだりなんかしてないよ。ちょっと遠くに住むことになっただけさ」

 僕は彼女の頭をそっと撫でるとカーステレオの音量を少し上げた。

<終>

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