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極貧詩 340           旅立ち㉕

卒業式終了、校庭に残っているのは担任の先生
ヤッちゃん、シゲちゃん、俺の貧乏三羽烏
俺達をわざわざ呼び戻して贈ってくれる激励の言葉

これから家族の要になって農業をしていくヤッちゃん
東京の工場での仕事に全力を傾けて臨むヤッちゃん
無理を覚悟の経済状況を押して公立高校進学が決まった俺

「最後に俺に言っておきたいこと」とは何だろうか
先生は瞬きもしないで俺の目をじっと見る
数十秒間の緊張感で落ち着かない沈黙が続く
おもむろに先生が口を開く
先生の言葉に自分の言葉を重ねていく

「イチ!これからまた新たな勉強が始まるんだな」
「はい、期待よりも不安が大きいです」
「お前は小6の時に外部からお客様が来て話をしてくれたのを覚えているかい?」
「はい、よく覚えています」
「”勉強は誰のためにするんですか?”って聞かれたそうだな」
「はい、ちょっと難しい質問でした」」
「その時お前は”苦労している両親のためです!”って答えたんだよな?」
「はい、本当にそう思っていたんです。何で知っているんですか?」
「安藤先生が話してくれたんだ」
「そうですか、安藤先生は俺たち3人のいわば恩人です」
「本当にいい先生に出会ったよな」
「はい、俺達の心の支えでした」
「安藤先生はお前の答えを聞いて”そうだ、そうだ!”って思ったそうだよ」
「そうですか、初めて聞きました」
「ヤスも、シゲも、イチも本当に大変だったもんな!」
「はい、病気もしないでよくここまで来られたもんだと思います」
「先生も本当にそう思うよ」
「食べ物といい、衛生状態といい、説明できないくらい酷かったです」
「そうかあ」
「でも、それでも親は一生懸命身を粉にして働いていましたから」
「そうかあ、小学校入学前からお前たち3人はよく家の手伝いをしてたんだってな」
「はい、でも別に辛いとかなかったです」
「そうか、親思いっていうのはお前たち3人の共通項だよな」
「はい、親が必死で頑張ってくれたから今の俺たちがあると思ってます」
「それはよくわかるよ。お前たちはいい親を持ったよな」
「働けど、働けどってよく聞きますがそういう感じでした」
「家族みんなで乗り越えてきたんだよな」
「貧しさは相変わらずですけどめげてる暇なんかありませんでした」
「そうかあ」
「よく貧しい家の子は道をそれる、なんて言いますけどそんなことはないと思います」
「うん、そんなことは絶対ないよ。親を思う気持ちがあればな」
「はい、両親、特におふくろが大好きです。兄も、姉も、弟も」
「そうか、みんなで支え合ってきたんだな?」
「はい、それがあったから貧しくても耐えて来られたんだと思ってます」
「そうだな、本当にその通りだ」
「ところで、イチは小5の後半からガラって変わったんだってなあ」
「はい、俺を変えてくれることがあったんです」
「へえ、それは何だったんだい?」

先生は興味津々といった様子で俺の目をのぞき込む
「あんなに変わった奴は初めて見たよって安藤先生が言ってたよ」
小5の後半へと時が戻りあの頃の光景が次々と浮かんでくる
「どんな感じだったんだい?」と先生が俺の言葉を催促してくる

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