2021年ノーベル生理学・医学賞予想

今年もノーベル賞発表の時期がやって来ましたね。日本人はノーベル賞が好きなようで、毎年、この時期になると話題になります。特に科学関連の3賞は、日本人の受賞者も期待できるためか、3賞の予想や受賞結果はよく報道されていますよね。

それでは、早速、今年の生理学・医学賞の予想をしていきましょう。まずは、昨年までの受賞理由をおさらい。

 2007年 胚性幹細胞を利用したマウスの遺伝子改変技術
 2008年 ヒトパピローマウィルス(子宮頸がん)
      ヒト免疫不全ウィルスの発見
 2009年 テロメアとテロメアーゼ酵素(染色体を保護するしくみ)
 2010年 体外授精技術
 2011年 自然免疫の活性化、樹状細胞と獲得免疫
 2012年 リプログラミングと多能性獲得技術(iPS細胞)
 2013年 たんぱく質の細胞内での輸送(小胞輸送)
 2014年 脳内の空間認知システムを構成する細胞の発見
 2015年 感染症やマラリアに対する治療法の発見
 2016年 オートファージ
 2017年 概日リズムを制御する分子メカニズムの発見
 2018年 免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用
 2019年 低酸素状態における細胞の応答
 2020年 C型肝炎ウイルスの発見

振り返ってみても、何かの法則性が見つかるというわけではないので、予想にはそれほど関係がないと言えばそうなのですが、何となく、毎年振り返ってみたくなるものなのです。

今年は、何といっても、新型コロナウイルス感染症のワクチンとして有名になったメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンが注目の的です。このワクチンによって、一躍、多くの人に知れ渡ったmRNAとはどういうものなのでしょうか。

人も含めて、生物は遺伝情報をDNA(デオキシリボ核酸)に記録しています。生物は、このDNA上に記録されている遺伝情報をもとにタンパク質をつくり、生命活動をしています。ただし、DNAから直接タンパク質をつくるわけではなく、一度、RNA(リボ核酸)に転記し、リボソームという細胞内のタンパク質をつくる部署に送られます。つまり、DNAの情報をリボソームまで伝えるものがmRNAです。リボソームがmRNAを受けると、その情報をもとにアミノ酸を集めて、タンパク質を合成します。

mRNAワクチンは、新型コロナウイルスの外側にあるスパイクタンパク質の情報を記したRNAを体内に送りこむことで、細胞にスパイクタンパク質をつくり、擬似的にウイルスに感染したような状態をつくります。そして、体内の免疫機構が新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を認識して体を守る態勢を構築するのです。

これまでのワクチンは、ウイルスそのものを大量に培養し、弱毒化したり、不活化したりするための条件を探るなどの工程が必要だったので、開発には5年くらいかかるといわれていました。でも、mRNAワクチンは、そのような工程が必要ないので、たった1年というものすごい短期間で、有効性や安全性を確認するための治験をしっかりとやって、実用化することができたのです。

このようなことができたのは、30年もmRNAワクチンの研究が地道におこなわれて来たからです。その立役者は、ハンガリー出身のカタリン・カリコー博士です。mRNAワクチンの研究は1990年代からおこなわていましたが、なかなか上手くいきませんでした。カリコー博士は2005年にアメリカのペンシルバニア大学に在籍しているときに、同僚のドリュー・ワイスマン博士と共にmRNAを構成する物質を一部置き換えると、体内で効率的に目的のタンパク質をつくることができるという論文を発表しました。この論文が契機となり、mRNAを医療に応用する研究が活発になっていったといいます。

mRNAワクチンは、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のワクチンとしてその効果を発揮しました。これは間違いなくノーベル賞級の研究成果です。ただ、今年受賞するかというと、検討の余地があります。というのは、このワクチンは、アメリカの食品医薬局(FDA)の緊急使用許可が下りたのが2020年12月14日で、世界的にその効果が実感されるようになったのは2021年3月頃からではないでしょうか。そうすると、今年の選考には間に合わず、来年かなという気もします。Covid-19パンデミックもまだ収束しきってはいないので、時期尚早かもしれません。

ただ、mRNAワクチンは2017年にジカウイルスのワクチンとして開発されていますし、Covid-19のワクチンも1年という通常では考えられないスピードで開発されていますし、2020年11月にファイザーが発表した有効性は90%以上と、他のワクチンよりも高い数字でした。この状況で選考委員の人たちがCovid-19パンデミックを収束させるのに有望な技術だと判断していれば、今年の受賞もあるかなと思います。

カリコー博士とワイスマン博士は2020年にアメリカの医学賞であるローゼンスティール賞を受賞しているので、昨年の段階で医学的には十分な評価を得ているとすれば、今年の受賞して、Covid-19の収束に向けて大きな希望を示すメッセージにもなるかもしれませんね。mRNAワクチンの実用化でノーベル生理学・医学賞が贈られるとしたら、カリコー博士、ワイスマン博士に加えて、アメリカのロバート・ランガー博士も共同受賞するかもしれません。

ランガー博士は生分解性ポリマーに薬品を包むことで、体内の必要な場所に薬品を届けるドラッグ・デリバリー・システムを研究していて、不安定なmRNAをポリエチレングリコールに包んで接種するmRNAワクチンのデリバリーシステムを構築する最大のヒントを与えたといわれています。

というわけで、mRNAワクチンの話だけで、かなりの分量になってしまいました。今年は、当たっても当たらなくても、これでいい気もしてきました。ここ数年の受賞理由を眺めてみても、病気の治療に関するものがここ数年出てないので、mRNAワクチンというのは本当にいい題材ですよね。

病気の治療法という観点から、いろいろな賞を受賞した人たち見てみると、パーキンソン病やジストニアなどの治療法として注目される脳深部刺激療法を開発したアリム・ルイ・ベナビッド博士、マーロン・デロング博士、関節リュウマチなどの画期的な治療薬開発につながったインターロイキンを発見した岸本忠三博士、平野俊夫博士、ちょっと毛色の変わったところだと、世界で広く使用されている全身麻酔薬のプロポフォールを開発したジョン・グレン博士といった感じですかね。

現場からは以上です(現場って?)


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