父と病気と呪いの言葉

 父は鬱病とアルコール依存症だ。あと元癌患者。

 鬱病の原因はおそらく仕事だ。癌を患い、仕事の部署が変わり、降格もした。いままで外に出てバリバリ営業していた男が、事務仕事だけをこなすことになってしまった。大好きなスポーツも制限され好きなように動けない。

 父の苦しみは分からない。分かろうとはしたが、結局私は父ではないから分かりたくても分からないのだ。きっと私には想像できないくらいの苦しみを彼は抱えているに違いない。

 だが、それでも、私は父を、許せない。

 アルコール依存症だからだ。

 鬱病となった父の飲酒量は明らかに増えた。そして酔うのも明らかに早くなった。癌で胃を切除したから、早く酒が回るのだとかと聞いたことがある。

 父は酔うと記憶がなくなる。毎回ではないが高確率で忘れる。鬱の薬を酒で飲んでしまうことがあるらしい。もうこの時点でアウトである。ワンアウト。
 父は酔ってトイレに行くと、これまた高確率で尿を便器からはずす。ちなみにトイレまでたどり着けず廊下を濡らしたことも少なくない。これを見ると私は情けなくて泣いてしまう。あんなに頑張って仕事をしてスポーツをしてかっこよかった父が、今ではおしっこを漏らす中年男性なのだ。悔しくて、悲しかった。ツーアウト。
 父もこのままではいけないと思ったらしく、鬱病で通っている私立病院で先生に相談した。即入院した。嬉しかった。ようやく、私の知っている父が帰ってくる。母から金額を聞いた訳では無いがやはりそれなりに入院費治療費はかかる。だが、父のアルコール依存症が治るのであれば無問題。
 そう思っていた。
 まぁ駄目ですわ!!!!!!退院してからどれくらい持ったかな?!?!?!すぐに元通り!!!!!!スリーアウト!!!!ゲームセット
!!!!!!!

 朝、仕事があるのに起きてこないと思ったら案の定彼の枕元にはお酒の空き缶があった。職場に行ったらしいがすぐに帰ってきた。本人は言わないがおそらく酒の匂いがするからだ。



 母は、自分の母を幼い頃に癌で亡くしている。父が癌だと発覚した時、母はまるで子供のように泣いた。
「泣くつもりはなかった。泣かないで伝えたかった。でもお母さんのことを思い出したら駄目だった」
 そう言って涙を流す母に私は、現代の医療技術なら無問題!と笑えない母の代わりに笑いながら言った。

 手術が終わり、ベッドに横たわる父と数時間ぶりに再開した。母は麻酔でぼんやりし意識があるのか寝てるのかよくわからない父の手をとって、優しく何度も撫でた。その母の表情は、まるで恋する乙女だった。
 あぁ、この人はこの男のことを愛してるんだ。
 私に向ける母親の表情ではなかった。大切な人、愛する人を見る時、人はこういう顔をするんだとはじめて知った。
 おい、くそオヤジ。お前こんなに愛されてんだから目が覚めたらちゃんと感謝しろよ。

 そう思っていたのに。いまでは父は、アルコール依存症や鬱病でとにかく母を悲しませている。鬱病に関しては仕方ないと思う。
 だが、私は父を許せない。あんなにいい女を泣かすな。私も母も父の病についてたくさん調べた、理解しようとした。だが、父はそれをわかってくれなかった。
 わからない人間も、分かろうと努力してるし悩んでいる。それを知ってか知らずかあの男は「俺の苦しみがお前にわかってたまるか」ときたよ。

 分からないよ。私は肥満体型だけど健康診断で引っかかったことはないし、癌になったこともない。 酒もそんなに飲まない、大好きなスポーツを取り上げられたことも何ヶ月もの入院生活も体験したこともないよ。分かるわけないよ。でも、分かろうとはしたよ。

 だからあなたも、私達の苦しみを分かってよ。


 現在、私は周りに「父の老後の介護は絶対にしない」と伝えてある。そう思うくらいまで彼のことを嫌いになっている。
 もし恋人ができても父を紹介したくないし結婚式にも呼びたくない。父を見せるのが恥ずかしいから。

 だが、悔しいことに私は彼と同じ血が流れている。長年育ててもらったことも分かっている。「家族」だ。
 家族って、呪いの言葉ですよね。離れたくても、離れられない。

 どうか、いつか、この呪いを「呪い」ではないと思える日が来ますように。

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