黒よりも暗い -10-

夏の日。花火大会。夏祭り。カップルを見かける。彼女が彼氏の袖を掴む。羨ましい。そうされたいと横目でちらっと見る。視線を戻す。嫉妬されていると思われたくない。視線を下に向ける。寂しい顔を見られたくない。雨上がりのコンクリートに花火があがっていた。花火を見ないように顔を決して上げなかったのに花火は私の前で咲き誇った。見なくとも周囲の輝きは見えていた。毎年、今年こそ、と期待するが傍観者として時は過ぎる。意識が戻る。夢を見ていたのか。いつも眠りにつくことはない。そのような意識はない。いつも意識がいつの間にか消えていくようだ。人間だった頃の夢を見ていたのか。それとも全く関係のない夢だったのだろうか。見渡す景色はいつも同じだ。私はどこかに閉じ込められているのであろうか。ここへやってきたはずなのに。時が動かない。時だけが過ぎている。矛盾の感覚。ただ体だけが老体となっていく。私は鬼となり老体となり生き地獄を受ける罰を与えられているのであろうか。私は罪をおかしたのであろうか。下界の頃は人と人とが仲良く暮らしていた。私はいつも独り。近づこうと思うが波が引くように人は去る。たまにやって来るのは私を悪用する人間ばかり。それでも孤独孤立の寂しい辛さよりかはマシと黙認していた時もあったが、やはり辛いく私から離れる。悪用する人間は私を悪用できないとわかると何事も無かったように去っていく。私は何のために生まれてきたのだろう。何度も自分に問いかけた。なんども神に問いかけた。答えは返ってこない。何も聞こえない。何もわからない。ただ時だけが過ぎていく。さすがにもうそろそろ死のうと思ったとき、妖怪になり始めた。鬼になり始めた。生きろということなのだろうか。体から毒が出るようだ。爪も少しずつ伸びてきた。こちらも調節できるようである。爪を刺し毒を出せるし、右腕の刀も同じやり方ができるらしい。これで猛獣あたりは仕留めることはできる。しかし、私を襲わない限り仕留めることはしない。動物の好きである。人間を見かけたときはどうであろう。無意識に殺してしまうのであろうか。人間に対して憎しみしか残っていない。下界には憎しみしか残っていない。私は化け物になって一体何をする気だ。目的もないのに体だけが何かをしでかすような風貌へと刻々と変化していく。足も多くなる。足の爪も立派である。私は鬼であり獣だ。がたいがいい上にスピードもある。体が軽い。風を感じる。風の流れの筋が見える。空気の息吹が見える。詳しくは見えるというより感じるのである。しかし、見えると言ってしまうほど感じてしまうのである。走る。とにかく走り続ける。下界が見えてきた。思っていたよりも醜くない。嫌気もない。町の外れのようだ。殺意は抱かない。しかし近づきたくはない。微かに人間のにおいがする。潮の匂いに近い。場所が海に近いのか。やはり町並みを見ると感覚がなくなる。自然の息吹を感じない。薄っぺらい。生きているのか。人間は動いているようだ。時には笑っているようである。少し懐かしい気もした。下界に戻りたい。人間に戻りたい。微かにそう思う気持ちに蓋をする気もない。なぜなら人間に戻ったとしても生きる喜びは手に入れられないという確信があるからである。確信というよりも諦め。絶望である。もし人間に戻ったとしても今と同じく腐り続ける人生であっただろう。人間であっても常に倦み続け腐敗し続ける。いっこうに終わりはない。さらには家畜同然に生きるしかいない。人間より家畜である。食べるしか生きる実感がない。食べることが唯一の楽しみになっていた。そんな自分を殺してやりたかった。かと言ってそのような勇気もなかった。この腐った人間生活を変える勇気もなかった。発想もできなかった。ただただ自分自身が情けなかった。何をすればよかったのか。何か行動を、と思えど全く体が動かない。すぐ頭で判断してしまう。そんなことをやっても意味はない、と。元の場所に戻っていた。私は一体何をしに下界へ行ったのだろうか。今感じる下界を確かめてみたかったのだろう。懐かしさを感じたが、それ以上に下界にいたときも苦しみを思い出した。辛くなりすぐ戻ったのだろう。右腕の刀はいつのまにか剣になっていた。神々しい。宝石のようだと思った。なぜ剣だけがこんなに美しいのであろう。私の体が養分になっているのだろうか。私が憎しみを抱えれば抱えるほど剣は美しく神々しくなっていくようである。それでいて偉大さも持ち合わせている。剣は生きているのだろうか。もう私は声を発していない。声は心の声である。心の中で話している。私の声がどんなだったかはもうわからない。誰とも話すことはない。鬼と話すこともない。剣と話すこともない。独りで考え独りで話、独りで考えを述べている。突然、一匹のカラスが飛んできた。枝に止まっている。背中を私に見せている。いや、私に気付いていない。気付けば既に飛び立った。誰も私を見ようとはしない。

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