見出し画像

夏祭り

全国各地から夏祭りがごっそり消えて、2度目の夏。
いつもはそれほど人気のない駅前通りが、夏祭りの2日間だけはキラキラのレインボーロードに変わる、その光景が大好きだった。
再びあれを見れるのは、いつになるだろうか?


『あ、藤井くんだ!青木もいるし!』
2メートル先も見えない人混みの中で、なぜ好きな人だけはすぐに見つけられるのだろう。
中2のときに、友達の千代ちゃん&淳子と出かけた夏祭り。
『ちょっと、胸見えそうになってるよ』
『マジで!?ヤバい、見せるほどないのに!』
そこそこ不器用な母が着付けてくれた黄色の浴衣は早くも着崩れ、胸元や裾がだらけた感じになっている。
そこそこ器用な淳子にうまいこと直してもらい、何とか最低限の体裁を保つことができたと思ったら、後ろから誰かに肩を叩かれる。

『あー、先輩!お久しぶりです!』
振り向くと、男子バスケ部の2コ上の先輩で、今年地元の高校に進学したサカダイ先輩と、隣には野球部だったアキ先輩。
『アキ先輩、いつ帰ってきたんですか!?』
アキ先輩は、隣のちょっと大きな街の進学校に進み、向こうの下宿に住んでいるせいか、なんだかだいぶ垢抜けた雰囲気に見える。
『あー俺、先月の29日からいたよ』
『えー、家近いのに、全然気づかなかった〜』
先輩を無視するわけにもいかないので話し続けるけど、その間に藤井くんを見失ってしまいそうでやきもきする私。
『ヤッコ、姉ちゃん今日来てる?』
『え、お姉ちゃん?…多分、来てるかなぁ』
サカダイ先輩の質問の意図と、ストレートに答えない方がいいことが同時にわかった私は、言葉を濁した。
お姉ちゃん、絶対彼氏と来てるはずだもん。
『やっこちゃ〜ん!ちーよー!』
別の方向から、また違う友達に声をかけられて手を振る。
夏祭りって、いろんな人に会うからけっこう忙しい。

なんやかんやでせっかく見つけた藤井くんを見失ったばかりか、その後にいちご練乳かき氷がどうしても食べたくなって、並んだ末にやっと買えたと思ったら、まさかの友達ともはぐれてしまった私。
小さい街なのに、お祭りの時だけは人がたくさんいるし、今みたいにスマホなんかない時代。
どこに行ったら合流できるかもわからず、かき氷を食べるのも忘れて、うろうろ歩きながら途方に暮れていた。
…そのときだ。
『どうした?迷子か?』
気がつくと、すぐ右隣にアキ先輩が一人で立っていた。
『かき氷買ってたら、はぐれちゃって…』
知っている人と会えた安心感と、中2にもなって迷子になった恥ずかしさで泣きそうになる。
『俺も迷子だって言ったら、笑う?』
『えっ!?なんで…サカダイ先輩は?』
『あいつ、姉ちゃん見つけて追っかけてったから、俺とりあえずビール買おうと思って歩いてた』
マジか…後で、お姉ちゃんから話聞かないと!

アキ先輩について歩き、ドリンク売り場で先輩は本当にビールを買い(ゆるい時代だから、お店の人には何も言われなかった)、私は缶のウーロン茶をおごってもらう。
高校生のくせに、歩きながら美味しそうにビールを飲むアキ先輩の日に焼けた太い腕が、ちょっと格好良く見えてドキドキする。
『かき氷、一口もらっていい?』
スプーンは1本しかないけど、先輩に逆らうわけにもいかないので、通りの脇で立ち止まってかき氷を渡そうとすると、先輩の両手が塞がっていることに気づく。
『…あーん、しますか?』
『ああ、うん』
練乳が多めにかかっている部分をすくい、こぼさないよう慎重にアキ先輩の口に運ぶと、スプーンに口を近づけてくわえる。
その瞬間、かなり間近で先輩と目が合ってしまい、さらにドキドキが増す。
『…甘いなぁ。けど、うまい』
『それなら、よかったです…』
先輩が残りのビールをちびちび飲む間、私は溶けかけた残りのかき氷を同じスプーンで急いで食べた。
普段ならティッシュで拭くところだけど、さすがに先輩の前でそんな失礼なこともできないし…
あの時、ものすごく顔が赤かっただろうな、と思う。

程なくして千代ちゃん&淳子と無事に合流でき、驚くことに、藤井くんと青木のコンビも連れてきていた。
アキ先輩は、野球部の後輩である青木を軽くいじったあと、一人でサカダイ先輩を探しに行くと言って別れ、残った私たちは男女チームに分かれて金魚すくい対決をすることになった。
みんなとの金魚すくいも楽しかったし、せっかく藤井くんとも一緒にいれたのに、私はアキ先輩と思いがけず間接キスしてしまったことを思い出しては、密かにドキドキしていた。
そして、解散して家に帰ってから気づいたのは、藤井くんにはちっともドキドキしていなかったこと…

『お姉ちゃんさ、サカダイ先輩に会わんかった?』
私より少し遅く帰宅した姉に尋ねると、疲れた雰囲気で苦笑いを浮かべる。
『ああ…会ったよ。最悪だったわ』
『なんでさ?』
『彼氏とケンカになってさ、私が間に入って収めたけど、どっちもどっちなんだわ…もう、別れよっかな』
なんだか、姉は姉で、えらいことになっていたらしい。
『やっぱ、アキくんにしとけばよかったかなぁ〜って、もう遅いけどね…いい物件は都会に行っちゃうもんね』
姉によれば、アキ先輩はけっこうモテていたらしく、姉もちょっとだけ片思いしていた時期があったようだ。
その話を聞いて、さっきの間接キスのことは、たとえ姉でも黙っておこうと決めたんだ。


…あれから、実に22年の時を経て今、私の右隣であの日のように《あ〜ん》を求める彼。
二人ともいい大人だから、スプーンの上に乗るのはかき氷ではなく、北海道の店からお取り寄せした濃厚なミルクアイス。
だけど、あの日の出会いがなかったら、おそらく今こうして一緒に暮らしてはいない。
リアルに夏祭りが開催されなくとも、毎年この時期になるたび“夏祭りの魔法”と言って二人で思い出し笑いする、可愛くて懐かしい話。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?